(グロテスク描写あり)
頬を撫でるそれが、指でないと気付いた瞬間、わたしの、白く柔らかいと褒められた頬は赤色を咲かせ、ほんの少しの水音を立てて深い溝を作り上げた。
呆然と彼を見上げるわたしに、彼はくすくすと嫌な笑みを浮かべるばかり。こういう時、何て言えばいいんだろう。痛いと泣き叫べばいいのか、それとも抵抗すればいいのか。ああ、でも、やり返したほうが?わたしに与えられた選択肢は沢山ある。でも、どれが正解なのかは分からない。彼は気まぐれだから、どの選択肢が正しいのかなど察することは限りなく不可能に近いものだ。
彼の手に存在する、わたしの赤が付着した一枚のカード。それは多分、何処かで彼に捕まり、羽根を奪われ何処かへ行く事が叶わなくなった鳥の一人なんだろう。
「痛かった?」
クスクスと聞こえる嫌な声。でも、耳を塞いだらきっと沢山怒られる。だからわたしは何もせず、その声を受け止めて、無難な答えを選択した。
「……いたかった、です」
わたしの目に涙が浮かぶ。多分痛かったんだと思う、これで、正解なんだと思う。
わたしは頭が悪いから、自分で上手に答えが出せない。ユーリの望む答えが、いつまでたっても、分からないまま。
頬を伝うのは、血なのか、それとも涙なのか。行動を起こす事なくユーリだけをただ見つめれば、彼の浮かべた笑みはより深まりゆっくりとわたしの頬に手を伸ばす。
「痛かったんだ」
「……いたかっ、た」
「凄く?」
「すご、く…?」
「分かんないなら答えなくてもいいよ」
「……すごく、いたかった…です」
ユーリに与えられた言葉だけを、わたしはゆっくりと繰り返す。ユーリの言葉は全部正しい、ユーリに与えられる言葉だけがわたしの全て。
頬に添えられたユーリの指が、頬に生まれたわたしの傷口をゆっくり抉る。
爪を立てて、皮膚と肉を引き剥がすような複雑な感覚に、痛みと痒さと快楽の混ざったような、奇妙な感覚がわたしの全身を襲った。
ほんの小さな傷口が、ゆっくりと、わたしの頬全体へと侵食するような錯覚。
本当は、傷口が開くだけという些細なものなのだろう。分かっている、全てが錯覚なのは、頭の片隅で理解している。
でもどうする事もできないんだ。抵抗する術もなく、止めてという権利もなく。わたしが出来るのは、ただ、この奇妙な感覚に身を任せユーリに縋りつくことのみ。
それ以上をもう、わたしは何一つとして考えられなかった。
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