(全面的に捏造)
(飽きた)
彼女の世界に僕は存在せず、同時に、彼の世界にも僕は存在しないのだろう。いや、そう生きてきたのは自分だ。自らが動きやすいように生きるには、他者の記憶に残るような存在であってはならない。もし裏切った時、そのほんの少しの記憶が仇となって与えられた任務に失敗してしまうかもしれないからだ。
彼――いや、分かりにくいから名前で呼ぼうか。ユーリはいつだって、僕に興味を示すことはない。彼にとって僕も、手駒の一つでありそれ以上の存在に成り得る事はないのだろう。それはそれで、僕としては非常に動きやすくて助かった。僕としても彼に興味はないからだ。
けれど問題は彼女。紫雲院菟雨という少女は、僕にとって、何よりも大きな障害であり、乗り越えにくいものであり、踏み潰すには少々哀れな姿をしている。そんな、厄介ごとの塊のような存在だったのだ。
しかも何より面倒なのが、僕に興味を示す事がなかったあのユーリが何よりも気にかけている存在だという事。なんて面倒なんだろう。僕はその事に気付いた時正直そう思った。
僕が今回このアカデミアに存在するのも、主であるプロフェッサー手の上で反逆を企てる存在を秘密裏に抹消する為。ユーリとの関係も、今回与えられた任務のパートナーという名目だった…、のだけれど。
「……菟雨がいない」
「菟雨って、君の後ろにいつもいた彼女?」
「そうだよ、他に僕が気にかける存在なんていないでしょ。悪いけど僕はイライラしているんだ、君もカードにされたくなかったら早く何処かに行ってくれる?」
「君は本当に我儘な王子様だなあ」
大袈裟なくらい肩を竦めて僕は嘲笑する。彼女のような、見てもわかるほど無力な人間が一人居なくなった程度で何をそこまで苛立つ必要があるんだろう。それとも彼は彼女に、恋愛感情というような面白いものを抱いているというのだろうか?それはそれで大変面白いが、彼女の何処にそんな感情を抱ける要素があるというのだろう。
見るからに愚図で、弱く、思うように言葉を発する事もできず怯えて俯くような絵に描いたような弱者だ。
ユーリと別れ、人のいない廊下を歩きながら僕は考える。プロフェッサーから与えられた任務が終われば僕はもうアカデミアに滞在する必要はない。つまり、ユーリとの関わりも――紫雲院菟雨という少女との薄い繋がりも含めて――綺麗さっぱり消えてしまうのだ。
それが悪いというわけではない。だが、見るからにお人好しの彼女は僕が突然消えた事で驚くだろうか。ならばその顔は少しだけ見てみたいような気もするが。
僕は彼女に興味があるわけではないんだ。そう頭の中で告げた言葉は、まるで、自分に言い聞かせるかのようにゆっくりと頭の中へ溶けてゆく。
今後の自分の立場を選択するか、一時の好奇心で彼女の姿を捉えるか。そんな意味のない二択を脳内に浮かべては、ただ、何も言わず僕は選択権を投げ捨てた。
「そろそろ散歩も飽きたしなあ」
人気のない廊下でふと立ち止まり、僕は意味もなく窓の外をぼんやりと眺める。アカデミアでは、どの窓から外を見ても水平線を見る事ができる。それは、此処が支配された孤島であることを証明するかのようだった。
綺麗とは思わない。面白いとも思わない。だってそれは当然の事、今更興味など抱く必要もなければ、抱く気も少しもないからだ。
僕はこのアカデミアがどうなろうと知った事ではない。もしプロフェッサーの絶対的な支配が崩れたのだとしたら、僕は彼を捨てて他の主人に鞍替えするつもりだからだ。それ程までに、彼に対する忠誠心など存在しない。
――だから、そうだ。僕がこうして生徒同士の喧嘩の仲裁をするのは、今回僕に与えられた任務の一環で。
決して、名も知らないような生徒に巻き込まれた水色の探し人を守る為に現れたわけでは、ないのである。
≫
back to top