(落ちない)
黒い靄のかかった世界で、わたしは、鈍く痛む頭を抑える。意識はぼんやりとしたままだが、つい先程までわたしのいた場所は戦場なのだ。悠長に時間を取っている余裕など存在しない。
そもそもわたしは、戦場に無理やり連れて来られた実力の伴わない存在だ。自分の身は、最低限以上に守らなければ――わたしをあの戦場に連れてきた彼、ユーリにまたため息を吐かれてしまう。それだけは、なんとしても避けなければいけなかった。
「ここ、は……」
ぽつりと吐き出した言葉は、反響することなく周囲の靄に飲み込まれてしまう。一体わたしは何故ここにいるんだろう。つい先程まで、エクシーズ次元の決闘者と決闘を行っていた筈なのに。
きょろきょろと周囲を見回しても、見えるのは、紫がかった黒い靄のみ。目の前にある様な錯覚を感じて手をのばしても、わたしの指はただ空を切るのみだった。
混乱で立ち上がることも出来ず、状況を整理することも出来ず。起動したままのデュエルディスクは、エラーでも起こしたかの様に白と黒の砂嵐を走らせており、とても使い物になるとは思えなかった。
ふらつく頭を落ち着かせる為、わたしは大袈裟すぎるため息を吐く。一呼吸で幾分か落ち着いた自分の頭を、わたしは必死で動かした。
だがしかし、良くない頭を動かしても、この現状を打開する方法が思い浮かぶことはない。それどころか、わたしの脳を覆う様にゆっくりと這い回る、何か、奇妙な存在はわたしにゆっくりとささやき続けるのだ。此処から出てはいけないと、同じ言葉を、まるでわたしの中に植え付ける様に。
その言葉にやる気が削がれてしまうのは、ある意味では必然のことだったのだろう。不快感と無力感を押し付けられるように囁かれる言葉は、ゆっくりと、しかし確実にわたしを捕える檻として形作られてゆく。
聞くな、もうなにも聞くな。聞いちゃ、いけない。そう思いぎゅう、と目を瞑れば、ほかの感覚はより鮮明に周囲を捉えるように敏感になってしまった。
そんな状態のわたしの頬を、ほんの少しだけ冷たい風が通り過ぎる。この空間は、ほんの少し空気がぬるく、熱に浮かされぼんやりとし始めた頭を冷やすには、とてもちょうど良い存在だった。
――そう、後ろさえ振り向かなければ。
「――っひ、あ…ああぁ……!」
「―――、」
首筋に突き立てられたそれは、一体何だったか。今のわたしには、そんな単純なことさえ理解できないまま、ただ瞬きを繰り返し呼吸を乱す。
赤いマントを纏った、白と黒の大きな騎士。はくはくと呼吸をするわたしを見下ろすように存在するそれは、なんらかの音を発することもなく、動く事もなく、まるで置物のように、最初からそこに存在していたかのように佇んでいた。
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