ぱたぱたと降る雨の音が好きで、わたしはそっとベッドから抜け出し、薄暗い部屋の窓を開けた。同じベッドで眠る黒咲さんには申し訳ないけれど、どうしても外の音が聞きたくて。
寝返りをうつ黒咲さんの、少しだけ幼い寝顔を見れば、何故か、ほんの少しだけ笑みがこぼれてしまう。平和な頃は、眉間に皺なんてなかったんだろうなあ、と思いつつ、自分達の今までの行いを後悔しつつ、複雑な気持ちでわたしは自分の足元を見つめた。
過去にわたしの所属していた、アカデミアの行っている残虐非道な行為は、決して許されてはいけないものだ。例え直接関わっていないとしても、わたしは、所属していたというだけで罪を背負う責任がある。
今は組織を抜け、レジスタンスとして活動しているが――それでも、たったそれだけでわたしの罪が償えるとは思っていない。
わたしは弱者だ。そして、そんなわたしに手を差し伸べてくれた黒咲さんに、どんな形であれわたしはきちんと恩を返さなければいけない。
もし双子の兄と…、素良と対峙する事になっても、わたしは必ずレジスタンスとしての責任を果たす。
それが、裏切り者と称されても仕方のないわたしを守ってくれた、彼への、一番のお礼になると分かっているから。
「……だから、わたし」
「…」
「はやく、笑って欲しいんです。黒咲さんの安心した顔が、見たいんです」
少しだけ大きな独り言を呟いて、わたしは、そっと外へと視線を向けた。
少しだけ開いた窓から、冷たい風が入り込む。雨量は少ないから、部屋の中は濡れていないが、部屋の温度はほんの少しだけ下がった気がした。
ベッドと窓の距離は、然程離れていない。ああ、あまり長時間開けていると、黒咲さんの迷惑になるだろうか。
ベッドに腰掛け、開いた窓の向こうをじっと見つめるわたしは、きっと、嘸つまらないものなんだろう。曇った外の景色など、みても面白くないときっと誰かが言っている。
でもわたしは、雨が好きだ。雨の日の匂いが、色が、雨粒が、神様の涙が、とっても、好きだ。
神様は優しいから涙を流す。誰かが悲しんでいるから、感情を共有するため、涙を流す。
いつかどこかで読んだ、不思議な御伽噺を思い出して、わたしは徐に立ち上がる。窓を閉めて、早く眠らなくちゃ。
雨のカーテン越しに見える、街のビルの灯りの数々。窓に手をかけて、わたしはただその景色にぼんやりと見惚れてしまった。
わたしは知らないけれど、ハートランドだってきっと昔は、こんな綺麗な、キラキラした平和な夜景が見れたんだろうなあ。神様の泣く事がないような、みんなが笑顔の、幸せな街だったんだろうなあ。
そう思えば、何故か涙が溢れてしまう。わたしが泣くのは、筋違いだというのに。
……分かっているけれど、どうしようもない程に、涙を止める事は出来なかった。
「――時間が戻ればいいのに、なあ」
もしもアカデミアが侵攻してこなければ、もしも次元移動の手段がなかったら、もしも、もしも、もしも。
そんな叶うはずのない独り言をつぶやいて、わたしは、ふるふると頭を振った。そんなもしもの話、叶うはずがないんだ。そんな無理なお願い事をしても、神様は叶えてくれない。
窓を閉め、わたしはベッドへと潜り込む。黒咲さんの邪魔にならないような隅で、小さくなって眠るのがわたしの癖だ。黒咲さんはもう少し幅を使えと言うけれど、元々は彼の使用している部屋なのだから、わたしのせいで彼が窮屈な思いをするのはおかしな話だろう。
窓ガラスに、雨粒のぶつかる音がやけに大きく聞こえてしまう。冷たい風に当たって眠気が覚めたのか、雨足が強くなったのか。布団の中で目を瞑ったわたしに、それを知る手段はもう存在しない。
「……くろさき、さん」
「…」
「……起きてないです、よ…ね」
「…」
「……ありがとう…ござい、ます。…わたしを、助けてくれて」
薄暗い部屋の中、わたしは、ほんの少しだけ笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
わたしに背を向けたままの黒咲さんは、やっぱり何も言わないまま。それもそうだ、今はもう、遅い時間なんだから。
わたしも寝なくちゃ。寝坊なんてしたら、ユートさんと黒咲さんの迷惑になる。ただでさえたくさん迷惑をかけているんだ、少しでも、ちゃんとしないと。
「…おやすみ、なさい」
言葉は、何も返されない。けれどそれが、当たり前なんだ。分かっているから、悲しみなどは存在しない。こうして言えただけでも、わたしは十分幸せだ。
黒咲さんの温もりが暖かい布団の中で、わたしはゆっくりと目を閉じる。意識がぼやけて、ゆっくりと、わたしの身体を眠気が襲う。
眠気に飲み込まれる直前、耳元で声がしたのは、気のせいだろうか。抱きしめられたような、安心する感覚に飲み込まれたのは、気のせいだろうか。ああ、もう、何もかも忘れてしまえ。わたしは今、とっても、眠たいんだ。
いまはそれで、いいじゃないか。
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