わたしは、彼といるのが何よりも好きなのかもしれない。そう思った瞬間、わたしの世界は真っ暗闇に閉ざされた。
彼の眩しい笑顔がより美しく見えるこの暗闇は嫌いではない、けれど、この場所から手を伸ばしても彼には少しも届かない。まるで、輝く星々へと手を伸ばす無力で無知な子供のようにも錯覚するこの空間を、わたしは、好きになる事など出来なかった。
きらきらの眩しい笑顔、表舞台に立ち、世界を見つめ、その明るさで世界中の全てを照らす。そんな彼を疎む人間がいるのだとしたら、それは、影の世界の人間なのだろう。光は暗闇があるからこそより輝きを増す。いまのこの、黒い世界に埋め尽くされたわたしは痛いほどそれを感じ取った。目を細め、届くはずのない光へ、理解していながらも無意識に手を伸ばすわたしはいつまでたっても変わる事の出来ない愚か者。光を浴びたとしても抜け出すことのできないこのどうしようもない暗闇は、ゆっくりとゆっくりとわたしを侵食する。どれほど明るい光だとしても、わたしの脳に存在する記憶という名の暗闇を消し去ることは出来ない。それを思い出して、わたしはまた暗い顔で俯いた。
「菟雨の事、俺は好きだよ」
眩しい笑顔で彼はまた同じ言葉を繰り返す。わたしも、などという簡単な本心を告げられたらそれはどれほど幸せなことなんだろう。今のわたしに、それを考えられる程の安心は残っていなかった。
視界の端に収まる水色、それは、いつだってわたしを縛り付ける呪いのような存在だ。同じ色の双子の兄は、いつだってわたしを閉じ込め苦しめる。わたしの世界に幸福はいらない、彼とともに存在する事だけが幸福。そう教えられてきたわたしは、今、何が幸福なのか何一つ分からない赤子のような状態だった。
「……わたしは、」
その先に続く言葉は、何も考えていない。何と言えば良かったんだろう、どんな選択が正しいんだろう。悪い頭で必死に考えたとしても、本当に正しい答えを導き出す事はきっとできない。わたしはいつだって、頭の悪い駄目な妹なんだから。
ぐるぐると回る脳内と、頭の奥で響くサイレンの音が気持ち悪い。人々の叫び声が何処か遠くで聞こえたような、そんな気がして目をつむった。恐ろしいのは嫌いだ、怖いのは嫌いだ。痛いのも、辛いのも、寒いのも、苦しいのも、大嫌いで仕方がない。わたしはいつだって、嫌いなものに囲まれながらずっとずっと生きてきた。だからわたしは、もしかしたら、双子の兄の事さえも、嫌いなのかもしれない。隣にいる彼の事も、嫌いなのかも、しれ、ない。
ぱた、と溢れた一滴の涙が、わたしのスカートへ色濃く染みを作り出す。どうして泣いているんだろう。そう思い強引に目をこすれば、隣から心配そうな声が聞こえて、わたしははっと顔を上げた。
「大丈夫?」
その言葉は、痛い痛い、あの日紡がれたものと全くと言って良い程同一の、わたしの何よりも嫌いな言葉で。
「こない、で…」
恐怖により震える指先が、まるで自分のものではないような錯覚を感じて、きゅう、と見えないつま先を丸まらせる。怖い、痛い、気持ちいい、頭が真っ白になる。そんな、紫と白と、暗闇だけの思い出をぼんやりと脳裏に浮かび上がらせれば、わたしはまた、脳内をめぐる嫌な思い出に吐き気を催す。頭の奥で響くサイレン、何処か遠くで聞こえる人々の叫び声。小さな子供が、母親を探す声。立ち向かう人々と、それを嘲笑する赤色と、そして、燃え盛る炎と竜の鳴き声と――。
「菟雨?」
「ぁ…、……」
赤と、緑と、光り輝く、優しい笑顔。不安げなその表情で、ほんの少しだけ、光が曇る。そんな、彼の些細な仕草に、わたしはただ、純粋な畏怖の念を孕んで、ゆっくりとその白い頬に、手を伸ばした。
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