割れたビー玉に映る世界に色は無かった。そのガラス越しに見える世界は何もかもが白黒で、恐ろしくて、ただ逃げたいと思ってしまった。だからこそわたしは思ったの、ビー玉は酷く空虚なものなんだって。
「だから君もからっぽなんだ」
「……か、ら」
「君は何もない、君の中には何もない、こうやって生きている理由さえも存在しない」
「……なにも…」
あの日拾った割れたビー玉は、今でもわたしの手の中に存在する。アカデミアに入学する以前拾ったその小さな恐怖を、何年と経った今でもわたしは手放せずに持ち歩いている。
捨ててしまいたいと思ったことは一度もなかった。もしも捨ててしまえば、この恐怖を誰かが味わう。ならわたしが持っていた方が、ずっと、幸せな筈だもの。
「菟雨」
わたしの名前を呼ぶ目の前の彼は、くすくすと笑いながら、ゆっくりとわたしの頬を撫でる。そうやってわたしを揶揄うのが、彼はとっても好きなんだ。わたしはよく知っている、彼が好きなこと、癖、不快に思うこと、好きなもの嫌いな物。けれどたったそれだけじゃ、彼を構成する全ては一切分からない。わたしが知っているのはごく一部。そう割れたビー玉の破片程度しかしらないんだ。
彼を構成する全ては、わたしが知れる程単純なものではない。彼は自分を見せはしない。自分の楽しみの為手を出しそれ以上は深入りしないずるい人だ。
虚ろな目で彼を見上げれば、心の底から楽しいという笑みを浮かべ彼はゆっくりわたしを見下ろす。こんな事をして何が楽しいのか、いや、そんな事を考えて、理解できるほどわたしは賢い人間じゃない。
わたしは無知、だけど、愚か者ではない。
「わたしは、からっぽ……だから、ユーリがいなきゃ…」
「そう、漸く覚えたね」
「……ユーリが、わたしに理由を、くれ、る」
だからわたしは、ゆーりの、もの。
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