(
これと同じ設定)
「コーヒー、ブラックなんです、ね」
出来る限りの笑みを浮かべ、わたしはそっと腰掛けた。2人掛けのソファに隣同士。斜め前にある1人掛けの椅子は瑠璃お姉ちゃんが座っているから、わたしの座れる場所は必然的に此処になる。
可愛らしい小鳥の模様の描かれたマグカップは、お姉ちゃんとわたしで選んだお兄さん専用のマグカップだ。以前の誕生日に二人で贈って以来、お兄さんは必ずこのカップを使っている。その度にお姉ちゃんが笑っているのは、わたしとお姉ちゃんだけの秘密だけれど。
わたしが手に持つマグカップには、温められた白いミルク。ほんの少し蜂蜜の入った、わたしの好きな味だ。
こく、と小さく喉を鳴らし飲み込めば温かいそれがゆっくり喉を通り身体を温めてくれる。雨の降る六月の今日は、少しだけ気温が低かった。
「そう言うお前はミルクか」
「無意識に、甘いものを選んでしまって」
「子供らしい選択だな」
「お兄さんも、まだ子供です」
そう反論すれば、お兄さんは小さく笑みを浮かべてコーヒーを一口飲み込んだ。眉ひとつ動かさず飲み込む姿は、まるでそれを楽しむ大人のよう。コーヒーの苦い味を楽しめてこそ大人なのよ、とお母さんは言っていた…ような、気がする。じゃあお兄さんは、もう大人なのかな。そう思うと、隣に座るはずなのに――突然距離が開いてしまったような気がして、妙な喪失感に襲われる。
「……お兄さんは、まだ子供です」
自分に言い聞かせるようそう呟けば、お兄さんはふと眉を顰め目の前のローテーブルにそのマグカップをそっと置いた。
「……気に障りました、か…?」
「いや、そうではないが」
「わたし、変なこと」
「違う」
短い言葉だけを告げて、お兄さんはそっとわたしの手を握る。ミルクの入ったマグカップは、いつの間にか取り上げられ、可愛らしいマグカップの隣に並べられていた。
驚きで瞬きをする事しかできないわたしに、お兄さんは不器用に笑みを浮かべる。そんな無理しなくても、いいのに。そう思ってわたしは、その輪郭に指を滑らせた。
まるで恋人同士が行うような、そんな背徳的行為にわたしの背筋がぞくりと震える。拾われ子のくせにこんな事して、わたし、いいのかな。そう思って眉を少しだけ歪めれば、お兄さんはわたしの額にキスを送った。直前感じる吐息に、僅かながらも苦いコーヒーの香りを感じる。いつものお兄さんとは違う、素敵だけど――お兄さんには似合わない香り。
「おにい、さん」
「菟雨」
呟かれたわたしの名前に、ゆっくりと胸が高鳴ってしまう。ああ、こんなの、ずるいじゃないか。