「かみさまなんて、だいきらい」
菟雨は泣きながらそう言った。それはどういう意味なの?どうしてそんな事を言うの?そんな簡単な、頭に浮かんだ短い言葉さえ吐き出すことは出来ない。
ボロボロと溢れる大粒の涙は、まるでしゅわしゅわのラムネみたい。僕と同じ黄緑色の丸い目は、瓶の中のビー玉とそっくり。
綺麗だな、全部飲み干したらどうなるのかな。そう思って僕はハッとする。目の前にいるのはラムネじゃない、大事な大事な、僕の片割れ。
泣かないで、僕、菟雨の泣いた顔は嫌いだよ。
そんな優しい言葉をかけても、菟雨の涙は止まらない。どうして泣くの、どうして一人で苦しむの、どうして――僕に、その悲しみを吐き出してくれないの?
僕たちは、二人で一人。凄く昔に、僕が言った言葉。
菟雨はもう覚えてないかな。覚えてなくても、僕はずっと忘れないよ。
菟雨の悲しみは僕も背負う。だから、一人で抱え込まないで。
「一人で泣く菟雨なんて、大嫌い」
そんな攻撃的な言葉を呟いて、僕は菟雨を抱きしめる。
こんな事しか出来なくてごめんね、けど、これが僕の精一杯だから。
「もう、いやだよ」
涙と共に吐き出された言葉が、僕の心にゆっくりと沁みてゆく。何が嫌なの、僕もう、何も分かんない。
分かんなくていいのかな?けど分かったほうが、きっと、幸せだと思うけれど。
菟雨はぬいぐるみじゃない。僕と同じように、とっても複雑な意思がある。いろんな事を考えて、いろんな物を感じた。僕と同じものを見て、同じものを感じたけれど――抱いた感情は、全くの別物で。
僕は神様を信じてる、だから神様が大好き。
僕たちが双子に生まれたのも、きっと神様の意地悪だから。そのおかげで、僕たちは二つになった。"僕"と"菟雨"っていう、個体が生まれた。
けど菟雨は僕とまるで逆。神様は信じてる、けど、神様が大嫌い。
菟雨はね、ずっとずっと思ってるの。自分が生まれなければ、僕は、きっと完璧になれたって。
そんなもしもの話、あるはずないのに。僕たちは双子だから、今がこんなに幸せなのに。
昔からずっと変わらない、そうやって一つの事を思い込む癖。
全部全部、僕は知ってるんだ。菟雨か傷付いている事も、辛い思いをしてきたことも、何もかも。
けど、僕は知らないふりをし続ける。多分それが、"僕"にとって幸せな選択だと思うから。
菟雨にとって幸せか否かは――僕が考える事じゃ、ないもの。
僕は僕の幸せのためにずっと生きてる。けど、菟雨は僕の幸せのために生きてる。
ああもう、それって本当にズルいよね。そんな些細な事に気付く度、僕はどうしようもなく泣きたくなるんだ。
僕は菟雨と、二人で幸せになりたい。だから菟雨にも幸せになってもらいたい。
けど菟雨は、僕が幸せになればそれで良いと思ってるんだ。
自分の事なんてどうでもいいって、自分は踏み台で構わないって、そんな馬鹿なことを本気で思ってる。
それに僕がどれ程傷付いているかも、一切知らないで菟雨は一人で泣き続けるんだ。
ああ、僕たち、何回すれ違っているんだろう。
「……泣かない、で」
「素良のせい、なのに」
「……一人で苦しもうと、しないでよ」
「……そらのせい…なのに……」
辛い、なあ。
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