見て、しまった。
本当は見てはいけなかったのかもしれない。わたしは、あの場にいるべき人間じゃなかったのかもしれない。
みんなに会いたくて、挨拶がしたくて、そう思いチャンピオンシップの会場へ向かったのが、すべての――そう、全ては、わたしの自業自得だった筈なのに。
ぽつりぽつりと降る雨が、わたしの頬を濡らしてゆく。ぴしゃりと鳴った雷が、まるで、"逃げろ"と言うように警告を下す。
あの夜から既に三日が経過。ほんの先程目が覚めたわたしは、今、息を切らしてマイアミチャンピオンシップの会場へと足を運んだばかりだ。
目的はただ一つ、素良の代役として、スタンダードの戦力を確認する事。
けれど、その目的を抱いたわたしが見た光景は、わたしの求めた物とは全く違う――。
ぞわぞわと背中を這う恐怖心。アクションフィールドの展開されたフィールド内で行われる、残虐非道な展開のデュエル。
とっても優しい、綺麗な色をした赤の眼に宿るその色は――まるで血のような、憎しみにも似た色に染まった何かで。
「どうして遊矢くんが、エクシーズを」
素良がアカデミアに戻された今、その疑問に答えてくれる声は無い。
ぽっかりと空いた隣に寂しさと虚無を抱えながらも、わたしはフィールドで展開される、残虐極まりないデュエルをただ呆然と観戦する。
会場の人々の歓声は次第に減り、その顔に浮かぶ表情には、時間差がありながらも困惑の色を見せ始める。
「どう、して?」
わたしの頬に伝うのは涙か、雨か。
"ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン"の効果により攻撃力の下がった相手モンスターは、その効果も発動出来ないまま破壊され光となる。
その瞬間、相手選手――勝鬨さんのライフポイントは、0となった。
どうして遊矢くんがエクシーズを使っているの。どうしてそんな、恐ろしい目をしているの。どうして、どうして、どうして――。ああ、もう、わたしは疑問しか抱く事の出来ない駄目な子なんだ。
助けてくれる素良はいない。味方だと思っていた遊矢くんは、あんな姿で。柚子ちゃんや遊勝塾のみんなだって、もう、これ以上わたしの身勝手で巻き込むことなんて出来ない。
わたしは今、この世界で、ひとりぼっちなんだ。
「……素良に、あいたい」
アカデミアに、帰りたい。
けれどわたしには、まだ課せられた任務が残っていて。早く期待に応えなくちゃ、素良がいない分わたしが頑張らなくちゃ。ああ、でも、素良がいない今わたしはどうする事も。
ぐるぐると回る思考に吐き気が止まらなくなる。わたしはこの先、どうすればいいの。
手摺に掴まってゆっくりと前を向けば、其処には、困惑した表情だけを浮かべる遊矢くんの姿があって。
まるで、何が起きたか分からない。そう称するに相応しい、曖昧な顔。あの血のような悲しい赤色は消え失せ、いつもと同じ優しい目で周囲を見回す。
――一体、どういうこと?
ダークリベリオンを召喚した遊矢くんが、あの恐ろしい色を抱いた。そしてデュエルが終わった今その色は消えて……。
――じゃあ、原因はあの黒い龍?
――エクシーズが、人を狂わせた?
ああ、けど、それなら納得がいく。だってそう、エクシーズ使いの人は皆、わたし達と同じ人間だもの。本当はきっと、とっても優しい人のはず。
そうだ。エクシーズが人を狂わせるんだ。
あれは絶対的に、悪いものなんだ。
エクシーズ召喚が無くなれば、あの次元の人々は幸せになれる。狂ったりしない、幸せな世界が作られる!
そうだ、だって言ってたもの。
ハンティングゲームの獲物。その対象は、人じゃなくってカード自体。そうだ、わたしは何を勘違いしていたんだろう!
素良はいつだって優しい人。だから、嘘なんか吐いたりしない。わたし達は、エクシーズ次元の人達を救う為にこうして戦ってるの。
「一刻も早く、滅ぼさないと……」
遊矢くんや柚子ちゃんや、遊勝塾の人達の為。
何も知らないLDSの人達の為。
カードによって狂わされた、エクシーズ次元の人達の為。
アカデミアの名誉の為。
そして、素良の為。
――ユーリの、為に。
「わたしが、やらなくちゃ」
頬に伝うのは涙か、雨か。
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