「どうしてわたしに、優しくしたんですか」
ぼろぼろと流れる涙を拭う手段など、俺は一切持ち合わせてはおらず。苦しそうに乱れる呼吸を正常に戻す方法も、俺は一切知り得なく。
デュエルを学んだ、敵を倒す手段を学んだ、己の大切な物を守る手段を、学んだ筈だった。
それなのに、この醜態は何だというのか。自らが助けた女を、最後まで救う事が出来ないとは。自分の無力さに、ただ唇を噛み締める事しか叶わない。
「貴方に腕を引かれてから、ずっと、変なんです」
――それは、俺もだ。
思考を一切言葉にせず、投げつけられた感情にただ同調する。卑怯なやり方なのは、重々承知の上だ。
半歩程開いた互いの距離。俺が拒絶しているのか、こいつが逃げているだけか。いや、若しくは。
奇妙な程早まる胸の鼓動に、苛立ちと不安感が結託して俺を襲う。俺は何故、こんな思いをしているのだろう。
「わたし、変なんです。黒咲さんが居ないと、怖くなったり、悲しくなったりして」
「其れ、は」
「黒咲さんに優しくされると、どきどきするんです。顔が、あつくなるんです」
随分と限定された症状の病だな、と、柄にもなく俺は真剣に考え込む。いや、そうして思考を別の方角へ向けなければ、羞恥故この場に存在する事すらも叶わなかっただろう。
じわりじわりと侵食する自覚症状に、俺は、黙り込んで話を聞き続ける。
顰められた眉は、奴の考える理由とは、恐らく真逆。
「わたし、素良以外の人を、好きになったら、いけないのに」
その先の言葉は。
「わたし、黒咲さんの、ことが」
「恋慕と敬意を、一緒くたにするな」
――一時的な感情でそれ以上を言えば、後悔するのはお前自身だ。
奴の事を思って発した言葉なのか、自分の保身に走った末出た言葉なのか。
俺にはもう、それを考える手段など持ち合わせていないが。
「くろさき、さん…」
「……お前の、為だ」
俺には、お前の未来を奪う権利など一切ないのだから。
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