――眠れないのか。
その言葉に、わたしはハッと後ろを振り返る。眠っていると思っていた彼は、わたしの手を掴み、じっと見つめていた。
「起こしちゃいました、か」
「いや、俺も眠れなかった所だ」
そう言って彼はゆっくり起き上がる。わたしよりも大きな体を起こして、ちいさなあくびをする様子は少しだけ可愛らしい。
月明かりだけが光源の、薄暗い部屋。まあるい月がとても高い場所にいる、きっともう遅い時間なのだろう。
「ごめんなさい、早く寝なきゃ、いけないのに」
空いている手で掛け布団を握り、少しだけ俯く。いつもそう、わたしは、彼に迷惑をかけてばかり。
本当は、このベッドだって一人で使うものなのに。わたしがここに来たから、レジスタンスに入ったから、黒咲さんが嫌な思いを。
「謝るな」
短く告げて、わたしをそっと抱きしめる。ああ、この人は、本当に心の優しい人だ。本来敵であるわたしに情けをかけて、優しくしてくれる。どうして、なんて疑問をぶつけるのは、失礼だろうか。
彼の胸板に顔を埋める形になり、安心からか力が抜ける。ぽろりと溢れた涙を止める気には、どうもなれない。
「忘れるには時間が掛かる、無理はするな」
「けど、わたし」
「誰もお前を責めはしない。お前が悲しむ必要はもう、無いんだ」
その言葉に、素直に頷けるほどわたしは単純じゃなくて。
とんとん、と彼がわたしの背中を叩く。同じテンポで、まるで、子供をあやすかのように。
「お前はただ、アカデミアの事を忘れて眠ればいい」
アカデミアという単語で思い出す、わたしの一番恐れる存在。わたしと同じ水色と、緑色の目を持った、わたしの事を一番知っている――。
「お前の兄は、ここには居ない」
無理にとは言わん。だが、目は閉じろ。
かたく握られた手に、力を込めて握り返す。驚いたような反応をする彼に、わたしは少しだけ笑ってしまった。
「これじゃあ、別の意味で眠れませんね」
先程までの焦燥はない。恐らく今ならば、きっかけさえあれば直ぐ眠れるだろう。
「…ならばホットミルクでも飲むか」
「……黒咲さん、お料理できるんですか?」
「その顔は何だ」
「意外だなあ、と…」
≫
back to top