ほら、手を伸ばしても、貴方には届かないでしょう。
わたしの短すぎる指は、腕は、小さすぎる体は、貴方にとって必要のない存在。居ても居なくても、大差なんてない。
元々此処に存在しない人間だったの、だから、我儘をいうのは筋違い。手の届かない現状だって、わたしはただ、認める他ないんだもの。
「わがまま、ですか」
「ああ」
我儘を言え。その短い言葉に詰められた意味など、わたしには到底理解できないのでしょう。彼が何を求めているか、それを追求する権利など、わたしには、ありません。
わたしは、我儘が得意でした。素良と一緒にいた頃――黒咲さんに腕を引かれる前は、素良と一緒にいたいと、我儘ばかり言っていました。
ですが、こうしてレジスタンスに籍を置いた今、わたしが我儘をいうのは権利など一切ありません。元々アカデミアの人間だった者として、わたしが贅沢を言う権利など、一切ないのですから。
それなのに何故今更、強制するように我儘を言えなど。
「わがまま…」
ぽつりと漏らした言葉に、彼は、少しだけ身を固くしました。
「…どんな物でも良い」
「物、ですか」
「ああ。ケーキが食べたいでも、ぬいぐるみが欲しいでもなんでも言え」
「物……」
物、と言われて余計に分からなくなってしまいます。物なんて欲しがったことないから、わかりません。辛いものは好きだけど、自ら求める程でもないですし、それに――。
黙って俯くわたしに、彼は何も声をかけません。多分、悩んでいると勘違いしているんでしょう。ごめんなさい、確かに悩んではいるけれど、わたし、少しだけ分からなくなっちゃって。
わたしがここに居て良かったか否かなんて、今更考える事でもないのに。
自分の意思で選択した場所、だから、今更考えこむのは筋違い。悩む理由なんて、一つもない。
甘いものを見るたび、水色が頭をよぎるだなんて、そんな。
「おもい、つきません」
「……そう、か」
そんな顔しないでください。その思いは、言葉にならなくって。
ああ、わたしが我儘を言えば、彼はこんな顔をしなくて済むのに。お願い、悲しい顔なんてしないで。
我儘、そう、何だっていいから、わたしの求める物――あっ。
「手を、繋いでくれませんか」
「…それが、お前の考える我儘か」
「……他に、欲しいものがなくって」
俯き気味にそう呟けば、彼は、驚いたような声を出して言葉を返すのです。ごめんなさい、こんな事しか思い浮かばなくて。
驚く彼に、わたしはただ、選択肢を間違えたのかと落ち込む一方。こんな事しか浮かばない駄目な子で、ごめんなさい。
「……無欲だな」
吐き出すように告げられた言葉に、わたしは、お返事が思い浮かびませんでした。どう言葉を返すのが、正しかったのでしょう。
わたしにとって、精一杯の我儘だったというのに。
素良とは違う、骨張った男の人の手。わたしの小さい手を包み込むほどの、大きさの違う手は、とっても暖かくて。
傷もなく、美しく、男の人らしい力強い手。ああ、羨ましいなあと思って、わたしの両手でそっと包めば、握られた手の力が強まるのを感じる。
「これが我儘とはな」
「……ごめん、なさい」
「…まあ、悪くはない」
その言葉に、思わず繋がった手から視線を上げる。
この感覚が驚愕なのか歓喜なのか、わたしにはどうも分からないけれど。
わたしの選択は、恐らく間違っていなかったのでしょう。至る結論に気付いて、わたしは、無意識のうちに口角が上がっているのを感じたのです。
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