「あーあ、もうどうでもよくなっちゃった」
素良の言ってる意味が、よく、わかんなかった。同じ水色の髪が、ぐらぁって揺れるの。まるで世界が、ぐちゃぐちゃななったみたいに。
――どうでも、よくなった?
自分の口で、ゆっくりと咀嚼しようとしてみるけれど、上手く飲み込めず、言葉が詰る。あれだけたたかれた時は口から胃液が出たのに。戸惑う私に素良はにっと笑う。ああ、その顔、いや、やめて。
「怖い?」
笑う素良が、まるで、悪魔みたいで。いや、素良の笑う顔大好きなのに、そんな。
捨てないで、捨てないで、わたしのことを捨てないで。私を一人にしないで、いや、いやだ、こわい!
ぼたぼたと落ちる涙が、止まらない。けど素良はただ、にこにこと笑うだけ。いつでもそう、素良は、そうやって、その綺麗な笑顔でわたしを壊そうとする。
何も言わないわたしを変に思ったのか、素良は、そっと片手を振り被る。やめて、痛いのは、もう。
そう思って、目をぎゅって閉じる。少しでも痛くなくなるようにおまじない。そう言ったのが素良だっていうこと、きっと、忘れちゃっているんだろうなあ。
ごめんなさいも言えないわたしに、素良はだんだんイライラしてく。ごめんなさい、言いたいの、謝りたいの、けど、言葉が出なくって。
「僕、待ってあげてるんだけど?」
ごめんなさい。ごめんなさい。
「痛いのがいいなら、そうするよ?」
痛いのは、いやです。
からだがガタガタ震えるの。怖くて怖くて仕方がない。もういや、こんな風に、怖がるのは嫌。
けど駄目なの、わたしは弱虫だから何もできない。こんなに必死に考えても、言葉を出そうとしても、抵抗なんてできなくて。あれ、わたし、抵抗しようとしてるの?もう、なにがなんだかわかんない。
「菟雨」
あ、なまえ。
「そ、ら」
名前を呼ぶのは好き。名前を呼ばれるのも、すき。素良が言葉にする、わたしのぜんぶが、だいすき。だってわたしには、それしかないんだもの。
息ができない、くるしい、けど、おなまえよばれて、とってもしあわせ。
素良、そら、そら。ねえ、素良、ねえ――。
「僕、質問の答え聞いてないんだけど?」
≫
back to top