(Vジャンプ六月号ネタバレ)
「そ、素良は、昔からそうやって…!」
「じゃあ菟雨には、ファントムの正体を暴く秘策があるの?」
「それは…」
「ないなら僕に従っておけばいいんだって。馬鹿正直な菟雨は僕の言うこと聞けばいいの、どうせ嘘なんて吐けないんだし」
「で、でも…こんなやり方……」
「卑怯?」
「……」
言葉に詰まって、わたしは思わず俯いた。
LDS本社の、とある廊下。片側には会議室への扉。もう片方には、街全体を見下ろせるガラス窓。視界の横から入り込むきらきらしたビルの明かりが、なんだか眩しくて思わずきゅっと目を瞑る。それに対して、素良は大袈裟なくらいのため息を吐いた。
昔からわたし達は、驚くほど正反対だった。
はきはきとして社交的な素良と、おどおどとした内向的なわたし。嘘をつくのが上手な素良と、何を言ってもすぐに見破られてしまうわたし。
鮮やかな水色の髪も、キャンディみたいな綺麗な黄緑色の目も、わたしと素良は同じ色を持っている。双子だもの、同じなのは勿論当然。
でも、わたしと素良はまるで違う。
素良は頭がよくて、なんでもできるすごい人。デュエルも強くて、格好よくて、一人でなんでもできて――デュエルが下手で、一人じゃ何もできないわたしとは真逆。
だからわたしは、いつも素良の言うことを聞いて生きてきた。だって、なんでもできる素良がそう言うから。
素良の言うことは正しい、素良に従えば怖い思いをしなくて済む。それを続けた結果、今わたしと素良は同じ場所にいるし、わたしは素良の隣に立つ事を許されている。
でも。
「相手にわざと負けさせるなんて、そんな…」
今回聞かされた計画は、あまりに下衆なもの。
「ファントムに確実に勝つにはこれが一番確実なんだよ」
その言葉に否定はできなかった。だって、素良の言うことはいつだって正しいから。
ファントムのデュエルは、既に二度この目で見ている。だから――素良ほどまでとはいかないけれど――ある程度彼のスタイルや戦略は感じ取っている。
確かに、この作戦なら彼は必ず引っかかるし素良が負ける心配だってない。だって素良は嘘を吐くのが上手だから。
それに、素良はわたしの事をよく理解してくれている。だから、与えられた役割もわたしのできる範囲の事だった。
……素良は、驚くほどよく見ている。
劣った、何もできない愚図な双子の妹を。
「要するにさ、勝てば良いんだよ」
「良く、ない…」
「菟雨ってば、黒咲に何か影響された?堅物気取りのサムライなんて今時流行らないって」
「そういう問題じゃ、なくて…」
「そういう問題なの!ハイなぞなぞです、僕たちがやる事って何?」
「赤馬社長の、お手伝い……」
「ブブー!全然違う!」
「え…?で、でも…」
「――今の僕たちの使命は、ファントムを捕らえること」
一定の空調が維持されている本社の廊下で、風など吹くはずがない。それなのに、ほんの一瞬だけ、刺すような冷たい風がわたしの頬を撫でる――そんな錯覚を感じて、わたしは目を見開いた。
目の前に立つ素良は、鋭い目付きでわたしを睨む。ほんのうっすら殺意すら感じるほどの視線に、形容し難い吐き気がわたしを襲う。
ああ、嫌だ。お願いだからその顔をやめて。
捨てないで、ううん違う、見捨てないで、わたしのことを諦めないで。
言うことを聞きます、良い子にします。逆らったりしません、だから、だからあの時みたいな、酷いことは――!
「なーんてね!菟雨ってば、顔が真っ青だよ。どうかした?」
「――ぁ…」
「変な事考えたでしょ」
「……、…へん…?」
「僕に殴られるって、思った?」
素良の、酷く冷たい顔。
わたしの頬を撫でる指先も、口元だけ笑った表情も、全部が冷たくて、怖い。
「菟雨は僕が大切にしてる、一番便利な駒なんだ。浮気なんてやめてよね」
心ない素良の言葉が、わたしの胸に突き刺さる。でも不思議と、納得出来た。
だって素良にとってわたしが駒なら――失って困る駒ならば、きっと、大切にしてもらえる筈。
家族という、双子という、本来の対等な立場ではない。支配者と駒という、不平等な関係。
「……逆らって、ごめん、なさい」
「うんうん、それで良し」
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