ハリネズミ | ナノ
(菟雨→素良)

いつから、だろう。未来を考えるのが怖くなったのは。先を考えるのが嫌になったのは。
もしもの可能性。それを考えるのは悪いことでは無い。希望を持つことは大切で、夢を持つのもまた大切で。
本来大切なことは沢山ある。でも、わたしにとって大切でなくちゃいけないのは双子の兄ただ一人で。それ以外のものは全て、大切だと思ってはいけなくて。
わたしが勝手に思っているだけ、なのかもしれない。それは十分に自覚してる。
でも素良は、双子の兄はわたしの事を大切にしてくれている。だから――"思わなければいけない"それ以上の理由は、存在しなかった。

「菟雨はほんとに素良が好きだよな」
「……」
「仲の良い双子かー……なんか羨ましい」

無邪気に笑う彼の顔を見れないのは、わたしに後ろめたい理由があるからだろう。
遊勝塾のデュエルルーム。つい先ほどまでデュエルしていたわたし達は、ふとした瞬間から自分自身のデッキについての話に花を咲かせていた。
"俺の仲間達"、"大切なカード"。そんな遊矢くんの言葉に少しだけ羨ましいと思えば、わたしの持つカード達にどうしようもない罪悪感を感じてしまった。
決して彼らが嫌いなわけではない。愛らしいぬいぐるみや、刃の鋭いハサミ達。彼らは皆わたしと共に戦ってくれた、立派な友人なのだろう。
でも彼らは、大切な素良とお揃いのカード。
その言葉だけでわたしの頭の中は言いようのない不安感に埋め尽くされてしまう。
素良と同じというだけで与えられたデッキ。共にいる者たち。それなのに、彼らはわたしに信頼を寄せて戦おうとしてくれる。前を、向いてくれる。
わたしはそれが怖いし、酷いときには嫌だとも思う。
わたしにとって、彼らは"同一"である要素でしか、ないのに。そう改めて思い直すたび、わたしは自分の立っている場所が分からなくなっていた。

彼らを好きになることは許されない。彼らは選択肢のひとつであり、わたしが素良を愛するための要素。理由。その、裏付け。
"素良が好き、大切。だから同じデッキを使う"。
その短い言葉は、裏を返せば"同じデッキを使えば、素良を大切に思っている証拠になる"といえこと。

「……わたしは、素良が」

大切、と言わなければいけないのに。その言葉は最後まで口から零れ落ちる事なく、自分の胸の中に一つの棘として残ってしまった。
怪訝そうな顔をする遊矢くんに曖昧な笑みを浮かべれば、彼はすぐに納得したような表情を浮かべる。
開放的な空間は多く太陽の光が差し込む。今日は晴れ。ここに来る途中見た限りでは、雲ひとつない晴天だ。

「素良と菟雨のアクションデュエルも見てみたいよな」
「……わたし、きっと…素良に勝てない…」
「勝ち負けとかじゃなくて、楽しめればいいんだよ。お客さんを楽しませる、ショー」
「わたしのショー、なんて…きっと、見ても…楽しく……」
「少なくとも、見てる俺はきっと楽しいと感じると思う」
「……そう、かな…」
「当たり前だろ。だって大切な友達のデュエルなんだからさ!」

――大切な、友達。

嫌悪感を感じるその言葉に表情を険しくするけれど、目を伏せ脳内に輝く世界を描く遊矢くんはそれに少しも気付かない。
気付かれなくて安心したのか、気付いてもらえなくて幻滅したのか。表情を険しくしたまま、わたしはそっと自分の両手を睨みつける。開かれた手のひらは、傷一つない小さな手。白くて、柔らかくて、素良が好きだと言ってくれた……大好きでなくてはいけない、両手。

大切という感情は、わたしにとって義務だ。それは素良に対してしか与えてはいけないもの、他に向ける事は許されないもの。
軽々しく告げられる"大切"は怖い。心の底から、怖くて仕方がない。
可愛らしいファーニマルモンスターが静かに訴えるたくさんの"好き"も、遊矢くんが告げた"大切"も、わたしにとっては必要ないもの。受け取ってはいけないもの。
わたしには素良だけ居れば良い。他は必要ない、必要であってはならない。
全ては素良の一番になる為の要素だ、踏み台だ。素良を愛する為の理由の裏付け。それ以上をわたしは少しも望んでいない。

それなのに、どうして?
どうしてみんな、わたしに何かを伝えようとするの?特別な感情を抱くの?
わたしは遊矢くんの友人じゃない。彼の友人は素良で、わたしは単なる友人の家族で。それ以上になろうとは、一度も思っていないのに。
ファーニマル達だってそう。わたしは彼らを大切なんて、好きなんて、一度も思った事はないのに。
――特別な感情を抱くことは、一度も許されていないのに。それなのに、どうしてわたしを好いているの?

好かれたくない。素良だけの一番であればいい。そう思うたび、わたしは今いる場所が分からなくなる。
素良の為に全てを捨てた。素良以外の何もかもを。
それなのに、なのに。

「菟雨、もう一戦デュエルしない?」

お願い、そんな穏やかな顔で笑わないで。他のものを求めてしまいそうになる。
自分が何なのか、本当に分からなくなる。


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