ハリネズミ | ナノ
(深夜の夢小説60分1本勝負(@DN60_1)さんより、2015/12/22のお題)
(「好きというまで離さない」)
(20分くらい余った)

「好きって言って?」

素良はそう言ってわたしをぎゅっと抱き締めた。困惑するわたしをよそに、素良は楽しそうな笑みを浮かべたまま。ここは塾の玄関口で、いまは居ないけれど遊矢くんや柚子ちゃんや…小さい子達だって、すぐにやってくるはずなのに。
焦るわたしとは対照的に素良は楽しそうな笑みを浮かべたまま。何も表情を変えず…むしろ、より一層幸せそうに笑っていて。
同じ色をした緑色の目は伏せられて見えないけれど、弧を描くように歪められた目は素良の笑みを綺麗なものとして引き立てている。
わたしの、好きな顔だ。

「ど、どうした、の……?突然…」
「んー、何となく」
「遊矢くんたち、来るかも……」
「へーきだよ。遊矢たち、まだ学校だし」

そうはいってももう三時を回ったところだ。学校はもうすぐ終わる時間。いや、もう終わってしまったかもしれない。
「だめ、だよ……はなして、素良…」
素良の身体を押し返して抵抗するけれど、わたしの些細な行いなんて手を掴まれたら無力化されたも同然。
まるで恋人同士がするみたいに指を絡められてしまっては、抵抗することも反抗することもできなくて。
振り払うなんて選択肢は初めから存在しない。そんな事をしたら、素良が悲しんでしまうかもしれないから。
わたしは素良が好き。けどそんな事、改めていうのは……少しだけ、恥ずかしい。

「ねえ早く、好きって言ってよ」
「で、でも……ここじゃ…」
「じゃあ何処ならいいの?塾の中?外?あ、デュエルフィールドとか」
「ち、違うよ、そうじゃなくて…」
「何処?」
「……人気のない場所、とか…」
「ここ人気ないよ」

そういう問題じゃないのに!なんて、とても言えない。
目を逸らして、わたしはなんとか言わない方法を考える。素良にとっての"好き"は簡単なものでも、わたしが素良に抱く"好き"はあまりに重くて痛いもの。その言葉は毒で、麻薬で、媚薬で、キャンディそのもの。全てが混ざった不思議な言葉。
素良に伝える事を、許される言葉ではない。これはわたしが、何年もの時間をかけて育て上げた劇薬だ。
素良に対する愛や嫉妬、幸福や悲しみや苦しみの全てが昇華された純度の高いそれ。素良に気付かれて、この気持ちを飲み干されたりでもしたら……わたし達が幸福になれる日は、二度と訪れなくなる。

「早く、はやく!好きって言うまで、僕離さないから!」
「そ、そんな…ぁ……」

愛らしい表情をして同じ色の髪を揺らして、素良はわたしを抱き締める力を強める。「くるしい、よ」と抗議の声をあげても、「じゃあ好きって言ってよ」と言われ取り付くしまも与えられない。
言えない、は許されない。けれど言うことも許されない。わたしに与えられたのは、答えのない二択。
嘘の"好き"は言いたくない。それを告げてしまったら、きっと自分の心へ永遠に嘘を吐き続ける事になるから。

「……他の言葉じゃ、だめ…?」
「愛してるとか?」
「…もうちょっと、違うの……」
「I love you!」
「大差ないかなあ……」
「月が綺麗ですね」
「月、出てないから……だめだとおもう…」
「じゃあ何ならいいの?」
「……」

――ずっと、一緒に居て。
 ……これじゃ、駄目…かな。

自分でも分かる困った表情を浮かべて、わたしは素良の目を見つめる。先ほどまで細められていたその目は大きく見開かれ、いまは同じ色の目がはっきり取り確認できた。
「……素良?」
目の前で小さく手を振って、意識を確認する。はっとしたようにわたしから一歩離れる素良に、一抹の寂しさと不安を感じてわたしは首を傾げた。なにか、駄目だったのだろうか。
心なしか耳を赤く染めている素良に、声をかける間もなくわたしの腕は強い力で引かれてしまう。
驚いて身を強張らせれば、先ほどよりもずっと強い力で素良に抱き締められる。やっぱり、駄目だったのかな。

「あ、あの……素良…」
「……もう、一回」
「へ……」
「もう一回、言って」

耳元で囁かれた小さな我儘に、眉を下げて先ほどの言葉を繰り返す。今度はさっきよりもずっとゆっくり、優しいトーンで……素良を、安心させるように。
わたしの肩口に顔を埋める素良に、手を伸ばしてそっと頭を撫でる。さらさらとした髪が心地よくて、わたしまで先ほどの素良と同じように目を細めて笑ってしまった。
片手で背中を撫でて、もう片手で頭を撫でて。素良が大好きで、一番安心する方法だ。素良はわたしに抱き着くのも、抱きしめるのも大好きだから。

「……ずっと、一緒」
「うん」
「ずーっと?」
「うん」
「……菟雨は僕と、ずーっと一緒…」

安心したような声色で、素良はその言葉を何度も繰り返す。ずっと一緒が、そんなに嬉しいのだろうか。どうもよく分からなくて、咀嚼しきれていないそれを頷いて受け流す。
とんとん、と一定のリズムで叩く背中に目を細めれば、ずっとずっと昔の――スタンダードに来る前の、あの頃を思い出して、激しい胸の痛みがわたしを襲った。
素良と一緒に居るんだから、あんな事を思い出してはいけない。……今は、与えられた幸福を貪ればいい。

「……大好きだよ、菟雨」
「……そっ、か」

そういえば、もうそろそろ遊矢くん達が帰ってくる時間だけど――この状況は色々と、大丈夫……なのかなあ。


back to top
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -