(メリュー / ナブナ feat.初音ミク)
(バッドエンド1のその先)
(落ちない)
今日の夕日の色は赤だったのか紫だったのか。僕はもう覚えてすらいなかった。だって覚えていても、菟雨が帰ってくるわけじゃあない事を僕はよく知っていたから。
ぼんやりぼやけた視界の中で、綺麗な水色が笑ってる。僕と同じ色だ、そんな事しか僕は認識できない。大好きな人だったのに、いまでもきっと大好きなのに。それなのに、僕の頬を撫でるのは菟雨の手じゃなくて冷たい風。返して欲しいと願っても帰ってくる事がないのは知っている。
川を流れるオレンジ色の温かい色は、きっと僕を責め立てる。もしそんな意図がなかったとしても、僕はきっとそう認識している。思いこんでいる。
次元戦争の末平和を手に入れたこの世界で、僕は平和と引き換えに何よりも大切だった双子の妹を失った。菟雨はきっと、優しすぎたんだと思う。僕を助けるために、犠牲になってそのまま次元の狭間に取り残された。だから菟雨は、いま僕が存在しているスタンダード次元にも、僕たちが育った融合次元にも、アカデミアの破壊したエクシーズ次元にも、僕たち双子が対立したシンクロ次元にも存在しない。
何が悪かったのかな。そう思って、僕は俯く。頬を撫でる風が気持ち悪いから、両手で顔を覆ってそっと目を瞑った。それでも風は、指の隙間から強引に僕に触れてくる。
太陽が沈み、月を連れて夜がゆっくりやってくる。山の縁が燃えてるみたいな赤色をしていたのが、僕は少しだけ怖かった。
今日は灯篭流しの日なんだって遊矢が言ってた。次元戦争が終わってから僕はスタンダード次元に移り、いまは遊矢の家にお世話になってる。
遊矢はいろんな事を教えてくれる。本当、僕たちが初めて友達になった日みたいに色んなことを。僕は知らない事が多いから、余計にそう感じるのかな。でも、遊矢は僕に新しい知識を与えてくれて、僕はそれを嬉しく思ってる。だから、きっとこれは良い事なんだと思う。でも、遊矢といると菟雨の事を思い出して少しだけ苦しくなるから、僕は無意識に遊矢から離れて一人で佇む選択肢を選ぶ事が多かった。だって遊矢の無邪気な、分け隔てない笑みは本来僕たち二人に与えられるものだったんだから。
それは菟雨のいない世界で僕一人が与えられていいものじゃない。だって、僕だけがそれを受け取ったら、菟雨はどうなるの?どこか暗い場所でひとりぼっちの菟雨はもっと一人になる。そんなの、許される事じゃない。だから僕は、怖かった。菟雨の為でもあるそれを僕が奪う権利なんて、どこにも、ないから。
暗い場所で僕は一人。少しだけ高い丘は舞網市の色んな場所を見渡せる。だから、灯篭流しが行われている川もすぐに見つける事ができた。
オレンジ色がゆっくりと川を下って行く。沢山の灯りが夜空みたいだ。なんて場違いな感想を抱いたけれど、僕はそれを口に出さない。だって出したところで、答えてくれる人は何処にもいないから。
周囲のビルは灯篭流しを綺麗に見る為何処もかしこも灯りを消してる。スタンダードの人って、本当にこういうイベントが好きだなあ。融合次元ならきっと、意味がないって切り捨てるのに。
でもたしか、今日は融合次元のユーリやデニスもスタンダードにやって来るって遊矢が言ってたような気がする。やっぱり次元戦争で色んな人の考え方は変わったのかな。そう思うと、僕たちの行った事は間違いじゃなかったのかなって少しだけ傲慢になってしまった。許される事じゃないのは分かってるのに。そのせいで僕は大事な人を失ったのに。
綺麗で明るい光は届いても、人の声は聞こえない。まるで耳を塞いだような感覚に少しだけ目眩がして、僕はおもわず地面に尻餅をついてしまった。
隣に菟雨がいれば、心配して手を差し伸べてくれたんだろうか。でも菟雨なら、しゃがみ込んで僕の顔を見てくれる?そう考えたら、なんだか涙が止まらない。僕は本来あるべき未来を想像しただけなのに。
菟雨は人間で僕も人間。ならいつかは死んでしまう。だから、死んだ先でまた会えばいい。あの日、誰かがそう言っていたような気がする。でもその間の僕たちの空白はどうすればいいんだろう。死んだところで必ず会えるとも限らないのに。
菟雨の身体は誰も見つけられない。
死っていう漢字の成り立ちは、人間が骨と肉に分解される様子から出来たんだって僕は昔本で読んだ。だから菟雨が死んだのか生きているのか、誰一人わかんないんだよ。だって、骨と肉に分解されたのか知らないから。本当の意味で、"死"んだんだって分からないから。
それなのに死んだ先の世界なんてあるはずないんだ。この灯篭流しで僕の魂を流したとしても、菟雨の魂は流す事ができない。
まるで星がいっぱいの宇宙みたいな目下に広がる世界に、僕の胸は痛むばかりだ。
頬を何かが伝う感覚を、僕はよく分かっていた。でも拭うのが怖くて悲しくて、僕はそれを流したまま。零れ落ちたそれが服を濡らす。いつも僕は拭う側だったから、なんだか酷い違和感だ。でも今、僕の涙を拭ってくれる人はいない。ぼろぼろと零れる涙に耐えられなくて、肩を震わせ嗚咽を零せば不思議と悲しみがどっと押し寄せて僕を苦しめようとする。
かえってきて、あいたい、ひとりにしないで。
沢山の弱音と涙と不安が、ぼやけた僕の視界を埋め尽くす。オレンジ色の灯篭は、多くの灯りが下に流れてもうここからじゃあまり見えない。
まるで灯りにまで置いてかれたみたいだ。そう思って僕にまた悲しみが襲いかかる。重くて怖くて苦しいそれが僕の息を止めようとする。死んじゃうのかな、こんな暗い場所で、一人ぼっちで。
さっきまではまだ見えたはずの太陽の赤は、いつの間にかすっかり身を隠してしまって。辺りを照らす月でさえ、ぼんやりとした雲に覆われて舞網市は何処もかしこも闇に包まれてしまっている。
くらい、こわい。
そんな単調な感情が、僕の中で星のように浮かんて行く。菟雨はずっとひとりぼっちで暗闇の中にいるのに、僕は、どうしてこんなに弱いんだろう。
明るい場所で、周りにたくさん人がいて。僕に笑いかけてくれる人がいて、話しかけてくれる人がいて。それなのに、僕は、菟雨を失って菟雨以外の世界が見えなくなって。
――むなしい。
僕にはまだ未来がある。でも、菟雨にはもう何もない。僕のせいだ、あの日、僕が無理やりにでも菟雨の腕を引かなかったから。
息ができなくて、苦しくて、頭がくらくらする。喉元に這い上がってきた何かを強引に押し込めば、僕のお腹の中で何かは蛇のようにとぐろを巻いた。
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