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 ||| アイチくんと我儘


薄茶色のミルクティーが体内に溶け込む。どろりとした砂糖の味と程よい紅茶の香りに何故か酷く安心した。
綺麗な目を伏せたまま、隣の彼は喋らない。
今私たちは対等ではないから。私は我儘で此処にいる。
ほのりと温かいマグカップを両手で握りながら、同じように目を閉じる。側に置かれたドーナツは手をつけないまま。ミルクティーは温かい筈なのに、身体が小さく震える。一体何故なのだろうか。
隣の椅子に座る彼をそっと見つめる。いつもの青い目を閉ざして、そのまま動くこともせずに。

ーー触れたい。
ただ小さくそう思い、彼の髪にそっと指を伸ばす。
あと数センチ、ふたつ、ひとつと距離が短くなる途中私の腕は何者かによって掴まれてしまった。
「やめてくれ」「…ごめんなさい」
ただ短い言葉を交わして、力を抜く。
青色の髪を靡かせ、ただ事務的な言葉を返す彼…ガイヤールさんはそう言った。
触れようとした腕は掴まれたまま、私が力を抜いたのでふらりと半分程吊られているような状態だ。

「君が許可されているのは側に居る事のみ」
「…はい」
「あの方の意思により一時的に此処に居るだけ、君は直ぐアイチさんを忘れて帰るんだ。その事を忘れるんじゃない」

事務的な言葉のまま、そう言い切る。目にはしっかりと意思がある筈なのに、一体何故なのか。
私を此処に連れて来てくれた彼女をぼんやりと思い出す。彼女も私も、何も言わなかった。それなのに何故?
虚ろな目のままゆっくりと俯く。どうやって此処まで来たのかがどうも思い出せない。一体如何して。
いつの間にか離された腕から力を抜く。自分が無力に感じて、少しだけ涙が溢れた。
嫌だな、忘れたくない。けれどそんな事を思ったところで如何にかなるわけではない。
寂しい、どうせそう思うのは今だけなんだろう。帰ったらアイチくんの事を忘れて、今までと同じように宮地学園に通って、みんなと同じように笑う。そのままの、何か欠けた日常。

「…忘れたくない」
「それは君の我儘だ」
「…知ってます」
「君の我儘を聞いたんだ、アイチさんの我儘も君は受け入れるべきだろう」
「……知って、ます」

ぽたりと涙が零れた。アイチくんが本当にそれを望んでいるのかは、知らない。けれどもし望んでいたら?それなら、望んでいなかったその方が希望は残るのに。
忘れたくない。けどアイチくんが望むのならそれは叶えてあげたい。
けど、アイチくんが居ない世界なんて考えられない程に私は貴方に依存しているのに、居ないのが怖くて仕方がないのにどうして。
ぽろりと涙が零れる。私はどうしたらいいんだろう。最後には忘れなくてはならないのに、こんな事を考えたって忘れるだけなのに。

「…どうして」
「それがアイチさんの意思だ」
「アイチくんは、酷い人です」
「君には分かるまい。あの方が何を背負っているのか」

痛くて怖くて、涙を止めたくて歯を食いしばった。
自分がどうすれば良いのか分からない。
多分、分かりたくないんだろう。だって、どうせ忘れちゃうから。
ぽたりと涙が溢れる。
いやだ、つらい、いやだ。
そんな子供みたいな我儘は、アイチくんには届かないけれど。


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