||| タスクくんとひとりぼっち
(某氏に頂いたネタ)
龍炎寺タスクとは、いつもヘラヘラして笑ってばっかりで気持ちが悪くて見ていて不快になる、わたしの大嫌いな人間である。
遠くから見ていても人を苛立たせるあの曖昧な笑顔、ただただ強いというだけの存在、何がそんなに特別なんだ。世の女はあんなひょろひょろした男の何処に惹かれるんだ、同性として正直理解に苦しむ。
というかあんなのただのぼっち、よく言えばお一人様だ。バディポリスなんかで何をしているかは知らんが、子供の本分は遊ぶこと、学生なら学校が最優先だろう。学校は一体なにやってんだ。
そんなに頑張ったって誰もあんたの本心に気づいてくれるわけないでしょ、そんな曖昧な言葉ばっかり投げて頑張ったって意味ないのよ。大人になるって、大事なものを捨てるってことなのよ。
「…うん、そうだね。ナマエさんの言う通りだ」
曖昧な笑顔を貼り付けたまま目の前に立ち尽くす、私の嫌いな男はそう言った。
薄く埃を被った、西日の差し込む空き教室。ほんのりと香る甘い匂いは何処から来るのか、わからないけれどとても好きな匂いだ。
他学年の生徒が使うのであろう資料の入ったダンボールは山積みにされ、無造作に置かれている机と椅子は二つある扉の片方を塞いでいる。
本来なら黒板と教卓が置かれ、生徒たちの視線を浴びる筈の場所に、わたしと龍炎寺タスクは向かい合っていた。
何も喧嘩を始めようとかそういうのではない。ただ、自分の不快感を無理やり押し付けようとしているだけ。言ってしまえばただの八つ当たりだ。
それでも、わたしの繰り出す言葉一つ一つにきちんと頷く辺り彼は相当のお人好しなのだろう。そういうところは認めてやらなくもない。ただ、その貼り付けた曖昧な笑顔はやはり不快で仕方がなかった。
「わたしの言う通りって分かってるならその笑顔今すぐやめなさいよ。見てて不快なの」
「不快な思いにさせているのは本当にごめんね。でも僕」
「気持ち悪い、ほんと気持ち悪い。あんたその微妙な笑顔以外の表情出来ないわけ?」
「…僕は大人にならなくちゃいけないから」
「今のうちに笑っておきたいって?ふざけんじゃないわよ」
え、という疑問の声が上がる前に大きくため息を吐く。なんだその驚いた表情は、大人になるってあれだろ、笑わなくなるってことだろ。楽しいこと全部捨てるってことだろ。
そこまでして何故大人になりたいの、だなんて口を開こうとすれば「ナマエさんは何を勘違いしているの?」だなんて素っ頓狂な発言が聞こえてくる。こいつほんと何ってんだ、それはわたしの言葉だ。
頭大丈夫?と聞く前に思い出して、「大人になって何したいのよ」だなんてどうでもい質問をしてしまっていた。
「大人になって…そうだね、みんなを助けたいかな」
「助けて?それでどうするのよ。それじゃ偽善者って思われても仕方がないじゃない」
「…偽善でも、助けるのはいけないことなのかな」
「守ってもらうべき立場の子供が大人を助けるって時点で反感買うって、分かってるんじゃないの?」
「助けられた立場で、文句言うなんておかしいよ」
そう一言だけ呟いて目の前の彼は俯く。そうね、と声を掛けることも出来ずため息をついてしまった。
こんなに注意するのは全てあんたの為よ、なんて頭の中では言えても言葉に出すことはなかなか出来ないもの。うう、喉の奥で唸ると鳩尾の辺りに手をまとめ、服をぐしゃりと掴んだ。イライラする時や不安な時にやってしまう、昔からの癖だ。
今はどちらだろう。それを考える前に目の前の彼から「ナマエさんは」と小さく声を出す。
「なに」と短く答えれば「どうして僕を呼び出したの」と直ぐ反応は帰ってきた。
相変わらず俯いたままの顔で、絞り出すような泣きそうな声で。
「あんたが見えるところで泣かないから」
「それってどういうこと?」
「泣かないのがムカつくのよ。テレビの中だって、学校でだって、人が見ているところで泣かないんだもの」
「うーん、人がいる前で泣かないのは普通だと思うけれど」
「そんな訳ないでしょ、子供は泣くのが普通なのに」
「じゃあ僕は一歩大人に近付けたってことなのかな」
嬉しいや、だなんて泣きそうな声は変わらずに下を向いたままはにかむ姿に苛立ちが募った。
何故そんなことで喜ぶのだろう、子供として生きる喜びは一体どうしたというのだろうか。
どうも理解出来ない、理解しようと歩み寄っても理解させてくれない。
…不快だ、不快で仕方が無い。
無理に泣けと言っているわけではないのだ、やろうと思えばこの場で殴りかかって泣かせることも可能だから。
ぐしゃりと服を強く掴む。皺になるなあ、なんて思ったけれどやめることは出来ない。今はハッキリと分かる、これは不安感から来るものだ。
いつの間にか顔を上げたらしい彼が私の名前を呼ぶ。
煩い、不快だ。そう言うことも可能なのに私はそう突き放すことが出来なかった。名前を呼ばれる事が不快とは思えなかったから。
「ナマエさん、大丈夫?」
「煩いな、そうやって心配するなら私の前で笑わないでよ」
「今は笑っていないよ、人の心配をするのにどうして笑わなきゃいけないんだい?」
「…馬鹿じゃないの」
「…酷いなあ」
少し悲しそうな顔をしたまま、ぽそりと呟かれる。
酷い?酷いとは一体どういう意味なのだろう。確かに言葉は悪いけれど、私はただ心配して言っただけなのに。
眉が下がるのを実感して、ふと小さくため息を吐く。
「酷いのはどっちよ」だなんて悪態をつけば「ごめんね」だなんてどうでもいい謝罪が帰ってくる。
嫌だなあ、と思い目を細め後ろを振り向けば茜色をしていた外はどっぷり日がくれていた。
赤から青へと変わった、外の世界。
脇役の青い雲は赤い太陽を隠し、黄色い月を表舞台へ連れてくる。
青はどうも嫌いだ、閉じ込められたような感覚がするから。
こんなに話し込んでいたのか、と自覚すると急激にお腹が空いてくる。同時に、一刻も早くこの暗い場所から離れたいという欲も湧き上がってきた。何故なのかは、分からないけれど。
「…私帰る」
「じゃあ送るよ。女の子が一人で帰るには危ないし」
「あんたみたいなヒョロいのに送られなくても平気。遅くまで引き止めて悪かったわね、さようなら」
「あ……うん、またね」
手を伸ばし引き止めようとする彼の姿を視界の端に捉えながら、教室を出る。
長く暗く、冷たい廊下を歩く途中ゆっくりと今日の出来事を思い出した。
あいつ、何を言っても一度も泣かなかった。
つまらない等という性格の悪い話ではない。ただ、彼の笑顔はいつ見ても不安定で、見ていて怖くなるからやめて欲しかっただけなのだ。
そんなもの、言葉にしなければ伝わらないと分かっている。分かっているけれど…。
はあ、と本日何度目か知れず大きくため息を吐いた。
「……酷いなあ」
何処かで、誰かが同じ言葉を呟いたのにも気付かず。
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