text | ナノ
 ||| 02


ゆるりとした眠気を抱いたまま、視界が広がる。
相変わらずここは暗い世界だ。少しだけ冷たくて、何故か安心する場所。
ぼんやりとした思考で青色の彼を探す。青くて、柔らかくて暖かくて、そして何よりどろりとした赤色を持つ、幼い子供を。

「ナマエさん」
「……タスクくん」

ぎゅ、と後ろから抱き締められる感触。首に腕を回して、背中に乗るような形になっているようだ。彼の手にそっと手を重ねれば、彼は安心したように力を抜く。こんな暗い世界、幼い子供を一人にさせるわけにもいかない。
寒い、と一言呟けばぎゅうと抱き締められた。タスクくんの体温が僕にじわりと伝わってきて、酷く安心する。
ーーぽたりと雫の落ちる音が聞こえる。ここは一体何処なのだろう?
夢の中にしては随分と現実的な気がして仕方が無い。視界は暗いままだが、直ぐ側に壁がある気配。ここは一体何処なのだろう。声を上げようと息を吸った瞬間、僕は彼に押し倒された。

「……タスクくん、どうかした?」
「ナマエさんは馬鹿ですよね」

するりと頬を撫でられる感触。視界のなかに青色はない、一体如何して?
疑問に思い顔を動かそうとすれば、両手で顔を押さえ付けられた。
子供と思って油断していたけれど、意外に力は強い。成人済みとはいえ、随分と長くデスクワークばかりを熟してきた僕に体力なんてあるはずなく、抵抗出来ないまま大人しく力を抜いた。
相変わらず、視界には青が入り込まない。この世界が暗いせいか、余計に不安を掻き立てられる。
自由になっている腕を動かし彼の髪を感覚だけで探せば、胸の辺りに柔らかい感覚を見つけた。そっと触れると、力を抜いて胸板に顔を摺り寄せてくる。こんな引きこもり職員の胸板の何処が良いのだろうか。そう思いながらも、柔らかい髪をそっと撫でた。
安心する水色を腕の中に収めたところで、先程の一言を問う。先輩に向かって馬鹿とは、いくら夢でも酷い話だ。

「タスクくん、その馬鹿の意図を教えてくれないかな」
「……ナマエさんは可哀想だなって、思ったら出てきただけです。すみません」
「咎めるつもりはないよ。如何して僕は可哀想なんだい?」
「僕みたいな子供に好き勝手されているのに、一切怒らないなんて変ですよ。普通は怒るでしょう」
「タスクくん、これは夢なんだよ。きっと、僕が何処かでこう望んでいるからこそこんな夢を見るんだ」
「……ナマエさん、それは」

だから君は悪くないよ、僕の夢に付き合わせてごめんね。
そう言い切った直後、タスクくんの息を飲む音が酷く大きく聞こえた。夢の中でも彼にこんな悲しそうな声を出させるなんて、年上失格じゃないか。何をやっているんだ僕は。
ふわふわの髪を撫でれば、タスクくんの泣き声が聞こえてくる。夢の中でも泣くなんて、本当にこの子はまだ子供だなあ。
頭を撫でる右手はそのままに、左手で彼の背中を抱き込む。嗚咽する声が少しづつ遠くなって、また酷い眠気が僕を襲う。あれ、こんな時にこんな眠くなるなんて。
タスクくんに小さく「おやすみ」と言えば、同じ言葉が帰ってくる。夢の中で寝るとは何とも滑稽な話だ、それでも眠いのだから仕方が無い。
暖かい温度を手放すことなく、僕は意識を暗闇へと落として行った。


「で、キッチンに居た事すらまともに記憶がないと」
「うん…ハーティ、本当にごめん」
「別にいいわよ。貴方みたいなお馬鹿をバディを選んだのは私だもの」
「ごめんってば…今度お菓子買ってくるから」

ベッドの前で仁王立ちするハーティと、ベッドに正座する僕。傍から見ればなんとコントかと笑われるだろう。
へにゃりと笑いながら、大切なバディのご機嫌を取る。まるで母親の機嫌を伺う子供になった気分だ。
ーー僕に母親の記憶は殆どないけれど。
むすっとするハーティに、先日買って隠しておいたクッキーをプレゼントする。よく見つからなかったな、と少しだけ自分を褒めた。
なんせ彼女はあればあるだけ食べてしまうタイプ。見つかったら最後、全ての菓子を食い尽くしてしまう恐ろしい魔女なのである。「この世界の菓子は最高ね」と常々褒めているのをよく聞くが、僕としてはもう少し食のコントロールをして欲しいものだ。お陰で出費が中々辛い。
仁王立ちをしたままクッキーを貪るハーティをジト目でみながら、僕はまた夢の相談をする。彼女に相談したところで何かが変わるわけでもないが、多少の気晴らしにはなるだろう。

「また夢を見たんだ。今回はタスクくんに馬鹿って言われた」
「馬鹿に馬鹿と言うなんて、あの子中々分かっているじゃない」
「あれ、ハーティって僕のバディだよね?」
「やだ、そんな事も分からなくなる程馬鹿になったの?バディ解消するわよ」
「いや、大体ハーティのせいだから。 それで、えっと後は……タスクくんが泣いてた」
「ええ知ってるわ。 ……ナマエ、貴方は如何したいの?」

クッキーを貪る手を止めて、真剣な表情で問いかける。
ハーティの真剣な表情はとっても好きだ。青で構築された姿の中、青い綺麗な目のなかで一直線に通した真剣な色が見える。
僕が如何したいか。そんなの、よく分らないとしか言いようがない。けれどそんなことを言っても、恐らく彼女は納得しないだろう。
夢とは、僕の望んでいる世界。きっと僕はタスクくんを抱き締めることを望んでいるんだ。きっとそうとしか考えられない。
だって、そうしないと彼があまりにも可哀想だから。

「ハーティ、僕は」

この夢を終わらせたい。そう言おうとした瞬間、途轍もない音量で目覚まし時計が叫び出す。ジリリリ、と物凄い勢いでベルを鳴らして、まるで僕に起きろと怒声を浴びせるようだ。
「な、なに!?どこ!!」と耳を塞ぎながら叫べば、ハーティが「そういえばイタズラで隠して居たの忘れてたわ……」だなんて衝撃発言を繰り出す。一体なんだって言うんだ。
「あとは頼んだわよ」だなんて言ってコアデッキケースへと逃げると、唯一の手がかりだったベルの音が停止する。音がなければ探しようがないじゃないか!
はあ、と小さくため息をつき寝室から出てキッチンへと向かう。目覚まし時計は保留だ、今日帰ってから夜の間に探そう。
薬缶に水を入れて、コンロにセットし火を付ける。ハーティの分も合わせて二人分、コーヒーを淹れる為だ。キッチンに置かれた時計を見れば朝の六時。今日も一日、頑張ろう。

五分後、スヌーズ設定された時計が再び怒声を上げるのはまた別の話。


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