text | ナノ
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「タスクくん、君が生きている世界はこんなに狭いんだ」
「ナマエ、さん」
「大人はね、つまらないんだ。君が憧れているような世界は見れないんだよ」
「ナマエさん、やめて」
「君は大人になっちゃいけない」
「やめてください!!!」

「君は子供のまま、純粋培養されるべきだったんだ」


がしゃ、という硝子の割れる音で覚醒する。またコップを落として割ったのか、と寝惚けた頭で感じ取った。
先程の夢は一体なんだったのだろう。眠気とそれだけが頭を占める。
暗い場所で、後輩バディポリスであるタスクくんと対峙するだけの夢。僕が何を言ったのかは、どうも思い出せないらしい。
朝起きて、仕事をして、帰るだけのテンプレートな生活。バディポリスを選んだのは僕自身だ、この生活に不満は抱いて居ない。むしろ今の生活を楽しめる程度には満喫していた。
ーーここ暫く続く夢以外は。

「若い子に大人になるなって言ってもなあ」

自嘲気味に小さく笑い、割れたコップを片付ける。
後輩バディポリスである、龍炎寺タスクくん。
子供でありながら大人の世界に足を踏み入れている彼こそが、この夢の相手。僕を悩ませる夢を構成する一部だった。
大きく息を吐いて、夢の世界に再び入り込む。そういえば何故キッチンに来たんだっけ、なんて本来の目的を忘れながら。
割れたコップに映る自分の姿に吐き気がする。ぐるりと大きく混ぜられた感覚と、たくさん映る同じ風景。夢の中に近い何かをかんじて、目を閉じた。イメージの中の、その先。


「ナマエさんは大人なんですよね」
「そうだよ、タスクくんとは違うんだ」

悪い意味で、の話だ。
気付けば、僕とタスクくんの二人は何処かで見たような真っ暗い世界に存在していた。
泣きそうな声を出す彼の髪にそっと触れる。彼の青く柔らかい髪は、触れたら壊れてしまうんじゃないかと心配になるほど透き通っていて美しい。
夢の中でしか、こうして彼を慰めることは出来ない。
年上としてリードすることも上手に出来ない僕だ、こういった夢の中でくらい年上ぶった態度をしたって怒られはしないだろう。
そっと正面から抱き締めれば、腕を背中に回して抱き返してくれる彼はやっぱり子供だった。とんとんと一定のリズムで背中を叩いてやれば、背中に回された腕の力は少しだけ強まる。
これは夢。分かっていても、どうも期待をせずには、幸せを感じずには居られないらしい。こまった身体だ。

「ナマエさんは大人なんですよね」
「そうだよ。タスクくんは大人になりたいんだったね」
「そうです。僕は大人になって、ナマエさんを」

ーーナマエさんのことを守ってあげたいんですよ。

うっそりと呟く、恍惚とした声に背筋がぞっとする。
今の声は一体なんだったのか、それを確認する為に顔を上げても、広くもない胸板に顔を押し付ける感触しか感じることが出来ない。
その子供の姿に不釣り合いな、艶かしい声。
今の彼を子供と呼んでいいのか?不安になるが、そんな事を考える必要はない。彼は『僕にとって』まだ子供だ。そういい聞かせて再び彼を抱き締める。
暖かい子供体温が心地良い。目を瞑って背中をとんとんと優しく撫でれば、背中に回された手の力は少しだけ強まる。
安心するその体温に、僕は少しづつ眠くなってゆく。意識が少しづつ蕩けて、ぼやけた視界の中で綺麗な水色の中に濁った赤色が少しだけ……。


「起きて、起きなさい」
「あれ…タスクくんは」
「何を言っているの、キッチンの床で寝るだなんて風邪を引いても知らないわよ」
「……ハーティ?」
「呆れた、貴方自分のバディの名前すら忘れてしまう男なの?」

〈ハーティ・ザ・デバステイター〉
そうだ。彼女は僕のバディで、僕は先程まで水を飲みにキッチンへ……じゃあ何故コップが割れているんだろう。滑って落としたにしては随分と欠片が遠くまで爆ぜているような気がするのだが一体…。
よく見なくても、割れた欠片の中に映り込む僕は随分酷い顔をしている。目に隈は出来ているし、唇も随分とカサカサしているように見える。
リップクリーム何処に置いたかな、と探す僕の手に自身の使うリップクリームを渡してくれる辺りハーティはよく出来たバディだと思う。お礼に今度美味しいお菓子でも買ってこよう。
時計を見れば、午前の五時を少し過ぎた頃。
二度寝するにも中途半端な時間帯、新しく取り出した透明なコップに水を注いで一口含む。
含んだ水を飲み込んだところで、優雅に椅子へと座ったハーティへと問いかける。僕一人では解決出来ない、小さな困りごと。

「ハーティ、僕夢を見るんだ」
「生き物は皆が夢を見るわ」
「そういう夢じゃないんだ。まるで現実みたいな、不安になる夢」
「夢は現実ではないのよ」
「それは知っているよ。けど、感触が手に残っているんだ。タスクくんの、体温が」

そう言って、彼女に手を差し出す。ハーティは何も言わずに僕の手を握ると、「それは夢よ」と同じように言い切った。
本当に夢、なのだろうか。何度目か分からぬ程目を瞑って、身体の力を抜く。そのまま前に倒れるけれど、その辺りは抜かりなくハーティがしっかりと抱きとめてくれた。本当によく出来たバディだ。
意識が消える直前、ハーティが「おやすみなさい」と声をかける。ああ、僕はまた夢を見るのか。
夢の世界で、僕は一体何をすれば良いのだろう。何をすれば、この同じ夢から幼い彼を解放することが出来るのだろう。
分らないけれど、気怠さと眠気に身を任せて再び夢の世界へと溶けてゆく。
醒めない夢はないと言うけれど、今の僕はその言葉を信じられなかった。


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