text | ナノ
 ||| 会長さんと厄日


「今日は厄日だと思うんだ」
「僕にとってお前が現れる日はいつも厄日ですし」


授業の終わってのんびりとした放課後の今、ソフィアから貰ったクッキーを口に含みながらそう告げた。中身は勿論唐辛子入りクッキー。辛い、辛いけどソフィアならこれくらいするって知ってた。
ヒリヒリする舌を口内で慰めながら冒頭の言葉を口にする。ここで始めて、会話が進むのだった。
ため息をついて机に伏せる祠堂を横目に、また一口クッキーを口にする。あ、辛い。知ってた。
ポリポリと口の中で綻ぶクッキーの食感を楽しみながら、口内をピリピリ刺激するクッキーに涙目になりながら、のんびりとお茶を啜る。因みにこのクッキーをくれたご本人はお留守な様子。ソフィアに会いに来たのになんてこと。

「ソフィアに会いに来たのに会長さんしかいないし、休み時間ソフィアが珍しくクッキーくれたと思って喜んだら唐辛子入ってるし、朝は通学中に三回転んだ。あ、体育の時さらに二回転んだ」
「お前それいつもと変わらないですし」
「そうかな。いつもは通学中一回しか転ばないよ」
「中学になっても転ぶ方がおかしいですし!」

全く、小学生じゃあるまい。そうやってぶつぶつと小言を言ってくる会長さんが私はわりと好きだ。悪口言って悪い顔する会長さんは嫌いだけど。
ポリポリとクッキーをさらに食べ進める。辛い、けどあと三個入ってる。食べなきゃもったいない。
怪我してないか、だとか傷口見せるですしだなんて心配してくれる会長さんは物凄く好き。伏せた顔をちらちら上げてこっち見てくる。あ、目があった。そっぽ向いた。
へーきだよ、と言って膝の擦り傷を見せる。一瞬だけ嫌そうな顔をして、直ぐにおっきな絆創膏を取り出すんだから本当に会長さんはいい人だと思う。
既に瘡蓋になりかけている傷口に消毒液を吹き掛けて、ぺたりと絆創膏を貼り付ける。それだけの作業が何故か長く感じた。いつものパターンだ、慣れた筈なのに何故か慣れない。

「えへへー、会長さんありがとー」
「別に、生徒の健康を守るのも生徒会の務めですし」
「健康?」

ちょっと苦笑いをして、クッキーをまた口にする。あと二個だ、食べ終わったらソフィアを探しに行こう。用はないけど。
会長さんがわざわざ淹れてくれたお茶を啜る。あ、あったかい。
「そういえば」と珍しく会長さんから口を開く。あらやだ珍しい、と思ってちょっとだけ黙った。ちょっとだけ。

「さっきからお前の食べてるそれ、一体なんなんですし?」
「あー、これ?ソフィアから貰ったのー。調理実習かなんかで作ったんじゃないかなあ」
「ふーん。一つ貰いますし」
「どうぞどうぞー」

さく、と一口だけ口の中へと誘う。
会長さんの舌綺麗な色してるなーとか、歯がまた白いなーとか、そういったクッキーとはかけ離れた関係のない何かが一瞬で頭を埋め尽くす。だめだこりゃ。
そのまま自分も最後の一枚をもぐもぐとしてしまう。あー、終わっちゃった。わりと美味しかったのに。ところで会長さんさっきから黙ってるけどどうしたの。そんな疑問はご本人の姿をみたら一瞬で解決された。会長さん、そんなに辛いものダメなのか。いやでも、見た目は完全に普通のクッキー。確かにこれは騙されても仕方が無い。仕方が無いけど辛味体制なさすきまだと思うのは私だけだろうか。

「お前、絶対わざとですし」
「え、何がです?」
「どうして何も言わなかったですし!普段ならこう辛いですよ〜、とかなんとか無駄に煩いこと言う癖に!」
「えっ、聞かれなかったので」
「アホか!?」
「すみませんちょっと頭弱いもんで」

ぐぬぬぬ、と唸る様は犬のよう。聞かれなかったから言わなかっただけなのに、喋れだとか喋るなだとか本当に理不尽な人だ。
残っているお茶を一気に啜る。ズズッと下品な音が出たけどこの際関係ない。お抹茶の作法も、最後は泡を啜る為に音を立てる物だもの、似たようなものということで。
クッキーの入っていた袋をゴミ箱へと送り、のんひりした動作で席を立つ。あ、なんか今のカードの動きみたい。カードを一枚ドロップゾーンに送って効果発動。うーん、なんだかありそう。

「それじゃあ会長さん、失礼しました」
「もう二度と来なくていいですし」

しっしっ、と追い払うような手の動きをする会長さんに笑いが込み上げる。なんでこの人こんなに笑えるんだろう、わたし動物じゃないのに。
生徒会室を出て、ふんふんと音程の会わない鼻歌を歌いながら廊下を進む。浮かれた春ももう終わるというのにまだうすら寒いのだ、困ったもの。
既に散って葉へと変化した桜の木は季節の移り変わりをはっきりと示していて、今日も変わりない一日だったと実感する。
ソフィアから辛いクッキー貰ったり、生徒会室には会長さんしかいなかったり、朝は三回転んで体育の授業中は二回も転んだけど、今日も普段とあまり大差ない一日だったと実感する。

「今日が厄日なら、毎日が厄日だよなあ」

そんな独り言を零しながら、まだ冷える四月の廊下を歩いていた。


back to top
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -