||| 祠堂くんとドーナツと虐待
「あまー、超美味しい」
時折ジャリジャリと砂糖の結晶を指で潰す音が聞こえる。
砂糖とチョコレートでコーティングされたその円形の菓子は、彼女の座る応接椅子と、彼女が行儀悪く足をのせる応接机の上に置かれている四角い箱の中へぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
甘い匂いが充満しているけれど、下手に窓を開ければ彼女が此処にいるとばれてしまう。分かっているからこそ、舌打ちを繰り返しながら机を指で叩くこの部屋の主。
夜の時間の相棒学園中等部生徒会室。
ドーナツを大量に持ち込む不審な少女と、この部屋の主である生徒会長のみが存在するこの場所で密談とは言い切れぬ会話をしていた。
今日は元気?元気ですし。
眠くない?お前が眠そうなんですが。
ドーナツ食べる?いりませんし。
ABCカップ、負けたんだって?
にたあ、と砂糖でべたべたの唇弧を描く。
舌でべろと舐めとると、そのまま指を舐めて綺麗にしはじめた。それぐらいはきちんと水道で手を洗ってほしいですし、だなんて馬鹿なやつ。
机を指で叩くのをぴたりと止め、ぐっと握った拳で机を大きく叩く。びく、と小さく肩が跳ねたのは秘密だ。
あー、カルシウム足りてないんだな。そう思い側に置かれていた、不気味なほど白い鞄から牛乳を取り出す。
常温に晒されていたにも関わらずひんやりと気持ち良い温度を保つ牛乳を、応接机の上にそっと置いた。上司への献上物だ。
「祠堂さー、カルシウム足りてないでしょ?足りてなかったらあんな馬鹿なファイトしないもんね」
「脳筋デンジャーW使いが何を偉そうに言うかと思えば」
「うっわ、脳寿司に脳筋言われた」
「少々黙っていただきたいですし」
「無理無理。私喋ってないと死んじゃうしさー、そろそろ限界。仕事頂戴」
今度は先程のものより平たく大きい、焼きドーナツの箱を漁る。詰め合わせのように様々な種類が入ったその箱には、何故か所々にバディファイトのカードが収納されていた。
ふと適当に目についた、抹茶の粉末が混ざったそのドーナツの封を口できると、大きく口をあけ一口で半分も口に入れてしまった。
ぱくぱく、と封を開けては数口で食べてしまうの繰り返し。まるで事務的作業にも見える食事風景に、この部屋の主は目眩を感じた。
「荒神が居なくなったこの状況でも命令が下らない意味、考えてみてはどうですし?」
「やーだなー、私考えるの超苦手なんだけど。答え教えてよ」
「お前がそれ程までに大変なことをしてくれたという意味です、そんなことも考えられない程馬鹿なんですし?」
「残念ながらー、そんなことも考えられない程私馬鹿なんですしー」
ニヤニヤしながら返事をする。煽って煽って、限界まで来たところで逃げる。このスリルが堪らなく楽しいのだ。
チョコレートのたっぷりかかった、ごく普通の形をしたドーナツを齧る。上に乗ったチョコスプレーはボロボロ落ち、床はこの応接椅子の周りだけやけにカラフルにるなっている。掃除がきっと大変だ。
そう思いながらも、ブーツのヒールでスプレーをぐりぐりと潰す。もっと掃除が大変になった。
ドーナツがあと一口程度のサイズになったところで、私は始めて席を立つ。
わざとスプレーを踏みながら、残骸を広げながら、この部屋の主が座る机へと足を進める。とはいってもほんと数メートルもない距離なのだが。
「しどー、チョコ食べなよ」
「そんな下品な甘いもの、僕には必要ありませんし」
「違うよ、食えって言ってんの」
一口程度の大きさになったドーナツを、無理やり口の中に押し込む。抵抗しようと私の指を噛んでくるが、正直拍子抜けするほど弱々しい抵抗だ。
喉元まで押し込もうとすると、噎せたのか咳をする。酸素が足りないのか、元々弱かった抵抗はさらに力をなくす。
完全に抵抗がなくなる手前で口から指を離すと、苦しそうにドーナツを飲み込む祠堂がよく見える。
大変いい、素晴らしい表情だ。頂点に立っていると勘違いした人間が落ちぶれる様、これが見たくてこいつに付いて来たも同然。
ぐちゃぐちゃになって指にまとわり付くドーナツを、同じように自分の口内へと導いた。ああ、これが一種の間接キスというものか。こんなもので年頃の少年少女は興奮するのかと思うと正直疑問が浮かぶ。
「ぐあ、おぇ……」
「いいなあ、祠堂のその顔凄く好き。ずっとその落ちぶれた顔してればいいのに。そしたら私あんたの命令に従ってあげるのに」
「そんな事言って、結局…ゲホッ
結局お前は、自分の立ち位置が気に入らないだけですし」
「あー、それはそうかもね。けどお前みたいなすぐ捨てられるような人間よりはマシなんだよ。調子乗らないで」
頬を平手で打ち、切り揃えられた前髪を掴む。何本か抜けたけれど今はそんなこと関係ない。
苦しんで苦しんで、惨めな姿になるのがお前の役目。
飾りなだけの上司は所詮能無しだ。
気分が悪くなるようなその見下した顔が気に入らない。本気で自分は特別だとでも思っているのだろうか。
自惚れの中で足掻いているだけのバカのくせに、どうしてこんなに羨ましいのか。
ああ、こいつどこまで落ちぶれるんだろう。
私と同じ底辺まで落ちてくれば、少しは好きになれると思うんだけど。
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