||| メタトロン様と罪の味
「メタトロン様、私今日から神様になります」
「ほう、それは夢のある話ね」
「メタトロン様には通じませんか?」
「今日は嘘をついても良い日よ」
「知っておられましたか」
雲のずっとずっと上にある世界、なんとかの神殿。
名前は知らないし、知る必要もないってみんな言うから私はここの名前を知らない。
透明に見えて不透明なこの場所で、私たちは今日もお茶を飲んでいました。そうです、お仕事はありません。お仕事は行いません。
メタトロン様は手に持った大きな本をぱらぱらと捲りました。あれはそんな簡単に開いて良い物なのでしょうか。
「今日は下界の者が作ったエイプリルフールという日よ。貴方そういうの好きそうだものね」
「下界の人々の考えは大変興味深いものですから。彼らの怒りや憎しみといった我々にない感情は見ていて面白いものです」
「本当に危険なものが好きな子ね。今度下界に連れて行ってあげるわ」
「本当ですか?ありがとうございます」
たぷん、と角砂糖が入る。紅茶の渋みはどうも苦手だ。ミルクを入れても溶け切らないコーヒーよりはましだが、どちらも砂糖がなければ大人のままの味。
底に残った砂糖の粒を溶かす為にスプーンでくるくるとかき混ぜる。同時に少しだけ入れたミルクが混ざってゆき、段々と透明なその色は不透明な薄茶色へと変化していった。
どちらが侵食されたか、どちらが侵食したのか。そんな些細な問題、いまはどうでもよい。
「メタトロン様、下界の彼らの持つ怒りなどの汚い感情とは何なのですか?我々には手に入らないものなのでしょうか」
「人間の持つ感情が欲しいの?」
「欲しいというよりは、理解したいと言ったほうが正しいのでしょうか。見ていて楽しいものではあるのですが、何故そういった思考に落ちてしまうのか」
「理解出来ない、と」
「そうです」
机の上に置かれたクッキーへと、側に置かれた林檎のジャムをたっぷりと塗り付け一つだけ口に含む。
林檎の甘酸っぱさとクッキーの甘さが混ざり合い、不思議な気分にもぐもぐと口を動かしていると、メタトロン様が私の紅茶へと林檎ジャムを落とした。
量は殆どなく、既にミルクティーとなっていた紅茶は一瞬にしてアップルティーの味と化す。
綺麗なお顔のままでクスりと笑うメタトロン様に何かを感じて、クッキーを無理やり飲み込みアップルティー味の紅茶を一気に口に含んだ。
量の減っていたミルクティーは林檎ジャムと一体化し、先程までのクッキーの味と相俟って口内は林檎でいっぱいである。ああ、これが罪の味か。
ごくりと全てを飲み込み、新しい紅茶を淹れなおす。
嗚呼メタトロン様、そんな笑顔で此方をみないでください。
「どう?天使なら本来手に入らない罪を食べた感想は」
「今では普通の果実として食べられるのに罪の味とは如何なものかと…」
「今は昔。昔は今よ。天使は長い歴史を見るものなの」
「……罪とは、苦いものです」
「天使には甘く感じないものなのね」
「果実は甘くとも、罪を犯した事実は何処までも苦味ですよ」
「ああ、なるほど」
「私には、人間の感情を理解するなど無理だったようです」
「あら、出来てるじゃない」
ジャムのついたスプーンは、机に落ちたから。
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