||| 暁美さんと暁美くん
「魔法少女」
それは宇宙の誰かが作り出した一種の発電システム。彼女たちの感情、願いは全てエントロピーの一部として利用されてしまう。
彼らの目的はあくまでエネルギーを生み出すこと。
彼女たち魔法少女に対する情の類は一切ない。
どれだけ泣こうとも、叫ぼうとも、救いの手が差し伸べられることはない。
それを知っていようと知っていまいと、彼らは少女を毒牙にかける。
その中で、何十年何百年と同じ時間を繰り返し、変わることのない世界を見つめる者が一人だけ存在した。
彼は「魔法少年」
少年と呼ぶには些か過ぎた本来の姿を、救われた人々は見ることはできなかった。
何故なら彼は、「生きてはいけない」から。
だから、世界は歪みきっている。
∴ ∵
風が少し冷たい朝だった。
外では沢山の生徒が楽しそうに笑いながら通学路をかけている。
あんな幸せそうな気持ちを持っていたのはいつの話だろう、と少しだけ答えのない自問自答を繰り返してみた。
うん、新鮮な気持ち。
ふ、と短く息を吐いて目の前に立つ先生の目を見つめ直した。
「ええと・・・暁美さん、じゃ分かりにくいわね。暁美くんでもいいかしら?」
「構いません」
「ふふふ、ありがとう」といって微笑む先生の顔を見るのは何度目だろうか。
ちらりとほむらの顔を見ると少し眉が寄せられていた。折角の美人が台無しじゃないか、とでも言うように小さくため息をしたら何故か睨まれてしまった。残念だ。
「暁美くんの方がお兄さん?」
「そうですね、僕の方が少し早いです」
何が、とは言わないけれど。
今まで取り繕っていた笑顔を少しだけ緩めるとまたほむらに睨まれる。僕が何をしたというのだ。
先生が話を続けようと口を開いた瞬間、校内放送で学校中に始業のベルが鳴る。
ああ、もうそんな時間か。
後ろにあった時計を見るために振り向けば、先生が「そろそろ教室に行きましょうか」とタイミング良く告げてくれた。
見滝原中学二年、暁美ナマエ。
見滝原中学二年、暁美ほむら。
今日から転校する、双子の兄妹。
頭の奥で、映写機の止まる音がする。
どうせまた、ここでも動くことはないのだろう。
僕の中では、映写機を直すという選択肢は消えていた。
∴ ∵
「目玉焼きとは堅焼きですか?それとも半熟ですか?はい、中沢くん!」
相も変わらずまた目玉焼きの話か。
クスッと笑ってしまうのは仕方が無いことだ、許して欲しい。誰に許しを乞うわけでもないけれど。
因みに僕は半熟が好き。ほむらは?と話をふったら足を蹴られた。まったく暴力的な女の子だ。まあどうせ聞かなくても分かるけれど。
「・・・はい、あとそれから。今日は皆さんに転校生を紹介します」
そっちが後回しなんだ、というツッコミの声を聞きながら教室の入り口まで歩いて行く。
ほむらは相変わらず無表情だ。そんな無表情じゃ皆に避けられちゃうよ、と思ったが口に出さない。今度は学習した。
「じゃ二人とも、いらっしゃい」
堂々と教室へ入って行くほむらの後を追うように僕も教室へ入る。ところで僕は何故ほむらの分の鞄を持っているのだろう。
へら、と入り口の女子生徒に笑かければ直ぐに顔を赤くした。チョロいものだ。
教室を見渡せば、奥の方の席で一人の女子生徒が驚きの声を上げているのが見える。
指定位置に立ち、小さく手を振れば更に慌てる素振りを見せた。うん、やっぱり可愛らしい。
「はい、それじゃあ自己紹介いってみよう!」
「・・・暁美ほむらです。よろしくお願いします」
もう少し和かに出来ないものかなあ。
電子黒板に名前を書いていた先生の手が止まった。
あはは、と苦笑いして場を和ませようとするが今度は足を踏まれてしまった。僕はサンドバックではない。
む、と膨れると痺れを切らしたほむらが別のペンを使い名前を書いてしまった。
僕の分まで書いてくれたのは気遣いだと思いたい。
「暁美ナマエって言います。ほむらの双子の兄。体は弱いから体育や学校行事にはあまりには参加できないけど、仲良くしてほしいな」
先生が安心したようにこっちを見た。そう、それでいい。僕はあくまでサポートだから。
一拍置いて、ほむらが礼。僕も続いてゆっくりお辞儀。
疎らな拍手のあとに大きな拍手が起きるのは日本人の性だ。
そんな拍手を無視して「あの子」をじっと見つめるほむらに苦笑いが隠せなかった。うーん、転校初日で変な子扱いされると後が大変な気もするけど、まあいいや。
「あ、えっと・・・暁美さん?」
まあ、先生は困らせてもどうにでもなるからいいけど。
∴ ∵
教室の外が騒がしくなった。もう授業は終わったようだ。
寝起きの頭は今一つ冴えない。思わず机からノートを落としてしまった。
「暁美くん、ノート落としたよ」
え、と声が出る前に僕は目から鱗が落ちた。
そうか、そういえば僕の前の席は「あの子」だった。
寝不足というわけではないけれど今一つスッキリしない頭を無理やり働かせ、お礼の言葉を抽出する。
「あ、本当だ。えっと・・・」
「まどかだよ、鹿目まどか。はい、これ」
「鹿目さんか、ごめんね、ありがとう」
くああ、と隠す気もなく欠伸をすれば鹿目さんは小さく笑ってくれた。
よかった、これでお近付き作戦は大成功。
ほむらはほむらで女子生徒とお話してるし、僕の足は無事みたい。よかった。
「あ、イケメン転校生が起きた!」
「美樹さん、その言い方は・・・」
「暁美くんごめんね、寝起きなのにこんな騒がしくて」
仲良し三人組でお喋りの最中とは思わなかった。
驚いて目を見開くと「ぷ、変な顔!」と美樹さんに笑われた。
「話の邪魔だったかな」と気を利かせようとすれば「いいよいいよ!」なんで慌てる彼女がまた可愛らしい。
何だかんだでそのままお三方の話に入らせてもらったが流石女の子、次元が一つ違ったようだ。何を言っているのかよくわからない。
うん、うん、と当たり障りなく頷きながらいかにも「話に混ざってます」感を醸し出すのはプロの技。僕って凄いのかもしれない。
これなら突然の話題変更にだって耐えられる!そんなこと思っていたら爆弾が落ちてきた。
「そういえばだけど、まどかとあんた達って会ったことあるの?」
「うん」
「へ!?」
「・・・え!?いや違う違う、会ったことないよごめん!」
話を聞いてなかったという意味のごめんなのか、それが嘘というごめんなのか、まあその辺りは深読みしない人だから大丈夫だろう。
それにしても危なかった、こんなところほむらに見られたら足一本折られていたかもしれない。しかしなんで毎度足ばかり狙うんだろう。
「暁美さん、きっとまだ寝足りていないのでしょう?先程から眠そうなお顔でしたもの」
「あ、やっぱりそうなのかな。頭ボーっとしちゃって・・・」
「保健室、行く?」
「いやいいよ。次の授業も寝ちゃえばいいし」
「転校初日から堂々とサボり発言とは見逃せないなー、少年よ!」
「そんなんじゃないって」と肘でつついてくる美樹さんを肘でつつき返す。
多分そろそろほむらが鹿目さんを呼び出す筈だ。呼び出し方は決まって「鹿目まどかさん。貴方がこのクラスの保健係よね」だ。何が「保健係よね」だ、知ってるくせによく言う。
それにしても温かい教室だ。眠気が襲ってきて、どんどん眠く・・・。
「鹿目まどかさん。貴方がこのクラスの保健係よね」
「ふえ、えっと・・・あの」
「連れてってもらえる?保健室」
足を踏まれたような気がするのは気のせいだ。きっと眠りの神様の悪戯に違いない。
神様という概念が存在するならば、僕は一つだけお願い事をしたかった。
でも僕の願いってーーーなんだっけ。
∴ ∵
目覚めたのは二回目だ。今度は教室の中が騒がしい。
薄く目を開け、電子黒板をみればほむらが何かを書いている。何を書いているかは、いつかから覚えるのをやめたから分からない。
どうやら、教室内はほむらの模範的解答のせいで騒がしかったようだ。
中学二年生なら誰もが解ける問題じゃないか、そんなんで一々騒がなくてもいいのに。
僕の睡眠がまた邪魔された、と不機嫌になりそうだったがもうすぐ授業は終わりの時間。
次の授業は確か・・・。
体育の授業は参加できないんだ、ごめんね。
そういって眉を下げれば寄ってきた名も知らぬ女の子たちはすぐ諦めて去って行った。
僕の世界には鹿目さんとほむらだけでいいんだ、と再び机に突っ伏して考え事を始めようとする。
けれどそれは直ぐ上から降ってきた声に邪魔されてしまった。
「奴が入り込んでいる。処分してきて頂戴」
「僕一応寝起きなんだけどなあ・・・」
今日はよく眠りを邪魔される日みたいだ。
今日くらいは素直に授業を受けろってことなのかな。でも明日から僕多分もっとほむらに邪魔される気がするんだけど。
「ほんと、理不尽な妹だよね」なんて小さく呟けば物凄い勢いで睨まれる。なんてこった。
はあ、と涙目ながら小さくため息をついて僕は保健室とは反対の方向へと向かう。
目標は勿論、ほむらの嫌いなあいつだ。
∴ ∵
「ねえきみ、犬?猫?それともアレ、宇宙から来た侵略者?」
「・・・驚いた、魔法少女意外に僕の存在を認知できる存在がいるとは。しかも男だなんて吃驚だよ」
コンマ単位で目が見開かれた。こいつがここまで分かりやすく反応するとは中々珍しいものだ。
校庭の側にはえた大きな樹木。隣に座れば、奴は降りようとした足を戻して座り込む。
逃がさないように首元に拳銃を添えて、だ。
「インキュベーターの拳銃添え 〜見滝原風〜」なんてどうだろう。これは流行る気がする。
「一匹くらい死んでもいいんだろうけどさ、あの子からは手を引いてくれない?僕の正体教えてあげるから」
「君の正体は確かにとても興味深い。けれどぼくたちにはそれ以上に大切な物があるからね、そう簡単に手は引けないさ」
「人類を物呼ばわりするとは随分と上から目線なようで」
校庭ではほむらが高跳びで県内記録ばりの高記録を叩き出している。それもそうだろう、何度も同じことを繰り返していれば耐性は付くものだ。
あの子はいつそれに気付くのだろう、という心配は杞憂だろうか。
気付いても今更止められないと分かっているのならばいけれど。
「お前には巴マミがいるだろ、それじゃダメなの?」
「確かにマミは凄い魔法少女だ。けれどマミには感情のエネルギーが今一つ足りない。君はぼくたちの目的を知っているのだろう?それなら自ずと答えは見えるはずだ」
「大丈夫、お前より知ってるよ。目的も結末も、ワルプルギスも」
「・・・暁美ナマエ、君は一体何者なんだい?」
「知りたかったら、まどかから手を引きなよ」
まあ、手を引いたところで少なくとも「お前」が死ぬことには変わりないけど。
ジャキ、と音を立ててトリガーが引かれた。
サイレンサーにより大きな音は立たなかったが、近くにいる鳥たちは遠くへ逃げてしまう。
「処分って、これでいいのかな」
あまり血生臭いことはしたくなかったんだけど、なんて言っても誰も聞いていないだろう。
神様、僕は無駄な殺生をした訳ではありません僕はこの地球の平和を守っただけなのです。
そんなこと祈っても、神様なんている筈ないのは自覚済み。
我ながらバカなことしてるなあなんて、一人で自嘲気味に笑ってみた。
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