||| マタタビと冷たい月
「月が綺麗ですね」
空を眺めて思わず口から出てしまった言葉だ。
深い意味を持たせるとするならば、愛。
そっと瞼を閉じれば、少し痛い冬の冷たさが身に染みる。
みんなと一緒に炬燵で緩むのも楽しいが、こんなに明るい月なのだ。見なければ損だろう。
「こんな明るい月だってのに、皆揃って部屋の中とは勿体無いもんだな」
「マタタビさん」
「よ、お嬢さん。隣失礼するぜ」
猫のように(猫にこの表現は可笑しいだろうけど)するりと屋根の上へと登ってくるマタタビさんはやはり風格が溢れている。
私たちのような平凡な猫とは違う、歴戦の勇士。
羨ましいとは互いに思うことのない、普通の関係。
何もない、この月の明かりのように白い関係だ。
「こんなに綺麗な月なのに、みんな勿体無いですね」
「揃って炬燵に負けるとは情けねえ奴らだぜ」
「博士の作った炬燵、とっても暖かかったから仕方がないですよ。帰ったらまた爆発していそうな気もしますけど」
しゅるん、と心なしか尻尾が少し下がったのを自覚した。
瀕死の状態だったわたしを助けてくれた博士やミーくん、コタローさん達には感謝してもしきれない。
けれど彼らのペースに常について行けるかと言われるとそうでもないのだ。
暖かい炬燵も、クロが乱入してくればすぐボロボロになってしまう。
命の恩人の一人とはいえ、その点は許せない。
「サイボーグってのは便利な物だな。
そうして生まれ変わったからこそ、お前は今動いていられるし拙者ともこうして話していられる」
「だから、あの時わたしを見つけてくれたクロや改造してくれたみんなには感謝しているんです」
「けど、そのせいで普通の形で死ぬことは出来ないんだろ?」
さあ、と風が強く吹く。
白く明るい月を見つめながらそんな事を言われても戸惑うだけだ。
深い意味なんてない。
今日この場所に二人だけ集まったのも、ただの偶然だから。
「月、綺麗だな」
偶然なのだから、そんな事を言ってはいけないの。
深入りしては、いけない。
そんな一言の小さなつぶやきにも、わたしは言葉を返せない。
わたしは、いつになったら自分から動き出すことができるのだろう。
「そうですね」
でも今は、意味を分かっていても当たり障りない答えを言うしかできないの。
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