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 ||| 満潮と優しすぎた提督


「ああそうね、私じゃ力不足ってことね!」

そんなつもりはないけれど、どうしても出てしまう言葉が嫌いだった。
司令官のことは大好きだ。でも艦の安全をなによりも優先する司令官のことは何故か許せない自分がいた。
深海棲艦との戦いはそんな生易しいものじゃ勝てるわけがない。
司令官の優しさは諸刃の剣。その優しさはいつか身を滅ぼすだろう。
執務室で蜜柑を剥きながら書類に取り組む若き女司令の行く末を心配しつつ、蜜柑をこっそり没収するのが鎮守府の日常風景だった。

「満潮ちゃん、どう?新しい装備ほしくない?」
「・・・なによ、その言い方。はっきり言いなさいよ」
「実は・・・じゃーん!
満潮ちゃんの為に33号対水上電探作ったの!頑張ったのよー?」
「・・・」

なにそれ。ふざけてるの。
直前まで出そうになった言葉をギリギリで飲み込んだ。
ふざけないで。そんな事している暇があるなら早く書類終わらせなさいよ。そんなのいつ作ったのよ。資材が無駄じゃない。他の艦が出撃待ちしてるじゃない。
ごくり、ごくり。
言葉を必死に飲み込みながら、息をする。
力不足なのだろうか。まだ足りないのだろうか。
不安で仕方がない。これを受け取らなかったら、司令官は力不足の私を捨てるのだろうか。
息をするのが怖くなって、返答をするのを忘れてしまった。

「満潮、ちゃん?」

不安そうな司令官の声が聞こえる。
だめだ、心配させちゃいけない。彼女の考えはどうせいつもの守りたい精神だ。分かってる、分かってる。

「それ、どうしたの」
「あら、聞いてくれる?あのね、鳳翔ちゃんと相談してずっと内緒でやりくりしてきたの!満潮ちゃん、いつも難しそうな顔してたから喜んでくれるかなって」
「ふざけないでよ!」

司令官愛用の、青を基調とした机を荒々しく叩く。
ああ、そんなに大きく目を開けたら零れ落ちちゃいそうじゃない。
普段なら逆の立場でも、椅子に座った状態の司令官ならば見下ろすことができる。
ぐ、と親指に力を込めながら司令官の顔を掴んだ。
こめかみの辺りが少し動く。痛いのだろう、でも今更やめることは出来ない。

「司令官、貴方海軍やめた方がいいわ。そんなんじゃ逆にこっちが迷惑よ。いつまでも一人の艦ばかりを贔屓しないで。戦う為には他の艦を捨てて戦場に出るしかないの。沈んだ船だって見捨てなきゃいけないのよ!」
「そんな、わたし」
「そうやって装備ばかり開発してどうするのよ。安全な方法で経験したって戦場に出なきゃ意味ないじゃない。他の提督は優しくたって深海棲艦は優しくないの!いつになったらそんな基本的なこと理解してくれるの!?」

理解してくれなきゃ、貴方のこと守れないじゃない。
貴方を危険に晒してまで戦いたくないのよ。

ぽろぽろと涙が零れる。止まらない。涙が止まらないの。
司令官の頬に一粒だけ涙が落ちた。
貴方みたいな優しい司令官がこんな戦場にいちゃいけない。ねえ、いつになったら気付いてくれるの?
わたし貴方のこととても好きよ。
貴方のこと、本当に守りたいと思えるの。私たちのことを守ろうとしてくれる貴方が大好きなの。

「早くこんな仕事やめてよ。普通のお嫁さんになって幸せになりなさいよ。
嫁いで、赤ちゃん産んで。司令官じゃなくなった貴方の子供の顔見たいわ。だから貴方もう海には帰ってこないでお願い」

海から離れて生きて。深海棲艦なんて私たちがやっつけてあげるから。
本来心臓があるはずの部分がとても苦しかった。
何故かなんてわかんないわよ。私たちはあくまで船なの。
それでも、大切な人がいなくなるなんていうのが耐えられない。
ずっとむかしの、いつかの記憶がフラッシュバックして気持ち悪くなる。
置いていかないで、置いていかないでと泣き叫んでいた。泣き叫んでも、届かないのは小さな手。


「貴方には、生きて欲しいのよ」

司令官ではない存在として、私たちを忘れてでも。

ぽろぽろと涙を流す、わたしの頭を撫でる司令官の手はいつまでも暖かくて優しかった。


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