||| 星崎ノアと姉
(落ちない)
いつも頭の奥で聞こえている。弟の、助けてという叫び声が。
でも私の弟──星崎ノアは今も私の隣に居るし、いつも変わらず同じ笑顔を私へと向けてくれる。
それなのに何故?助けて、なんて。私は一体何を聞いているのだろう。何が聞こえているのだろう。
あの子の悲しい顔は見たくない。泣く声も聞きたくない。その一心で、私はずっとあの子を守ってきた。あの子の願いを叶えてきた。
だから、余計に分からないのだ。頭の奥でずっと響く、ノアの声が。その理由が。
「お姉ちゃん?」
「あ……ごめんね、ノア。早く飛行機に乗ろっか」
「うん!僕行きたい場所がいーっぱいあるんだあ!」
思えば、最近は随分と忙しくなった。ノアの提案で海外へと旅行する頻度が増えたのだ。元々好奇心の旺盛な子だから、また新しい興味の矛先を見つけたのだろう。
けれど──あんなに大好きだったヴァンガードは?チームを組んだメンバーは?彼らを置いてこんなに様々な場所を巡っても、本当に良いのだろうか。胸の奥の、そんな引っかかりは何度目かの移動の中でも消えることはなかった。
自分が過保護だという自覚はある。けれどノアはそれを否定した事など一度もないし、喜んでお姉ちゃんと呼んで受け入れてくれる。
それが嬉しくて、私はこの子の望むことならなんでも叶えたいと思っていた。事実、ノアの望みを断ったことは一度もない。
……だから、私の胸の中に沸いた疑問を投げかけた事は無かった。仮にそれでノアの心が曇りでもしたら、あの子の好奇心に傷が付いたら。恐らく、私は私で居られなくなる。
ノアは純真無垢で、私なんかが汚して良い子じゃない。ノアが何も言わないのなら、それで良いんだ。チームメイトも、友達も、全部置いて。この子はいろんな場所でヴァンガードに触れたいんだろう。
ノアが何をしようと、私は後ろでノアを見守るだけ。それが私の幸せで、私の役目で、私の人生で──お互いの、為なのだろう。
「お姉ちゃん、ほら!もう雲の上!」
「そうだね、空も青くてとっても綺麗」
「あの空の、ずっと遠くにクレイがあるんだよ」
「……うん」
何度飛行機に乗っても、ノアは同じ事を言う。遠い遠い、実在するかも分からない惑星クレイの話を。
ノアは、クレイに行きたいのだろうか。いいや、中学生だもの、それくらいの夢は見るだろう。
クレイのユニットと出会い、話をし、触れ合い……そんな夢を抱く。確かにそれは素敵な事だ、けれどこの子の持つデッキ──星輝兵という邪な存在に、私はあまり良い印象を持ってはいなかった。
ちらり、とノアの持つデッキを横目に見る。デッキトップに置かれた切り札、カオスブレイカードラゴン。禍々しい凶器を持ち他者を嘲笑うそんな存在が、もしもこの子に接触したら。悪影響でも及ぼしたら。
私は、考えるだけで腑が煮えくり返って仕方がない。
ノアは純粋だ、それ故になんだって受け入れる。私のことも、友達のことも、このデッキだって。
ノアが使いたいと言ったから私は何も言わない、けれど見るからに禍々しいそれを正直私は受け入れきれていない。……ヴァンガードなんて与えなければよかった、そう思う程度には。
「お姉ちゃん?」
「え……あ、何?どうかした?」
「僕のデッキ見て、どうしたの?」
「……何でもないよ。ただ、ノアは本当にそのカードが大好きだなあって」
「うん!だってかっこいいでしょ?」
ああ、どうしてその笑顔が私に向かないんだろう。カードの山へと向けられるんだろう。せめて別のデッキなら私だって何も思わなかったはずなのに。ただ、その道化竜の存在だけで。私の心はこんなにぐちゃぐちゃになってしまう。
お前が、お前さえいなければ。ノアはもっと綺麗だった筈なのに。
「──ああ、矢張り随分といい顔をする」
「…………ノア? あなた、今…」
「ん? お姉ちゃん、どうかしたの?」
一瞬聞こえた言葉は、その声は、確かにノアのもので。けれどその口調も、声色も、何もかも別の存在で。
今のは一体、何?
それこそ本当に、まるであのカードが乗り移ったような──冷たくて、刃物のように鋭い言葉が。
ノアの口から、出た?本当に?
≫
back to top