text | ナノ
 ||| スティーブンさんとひとりぼっち


HL──ヘルサレムズ・ロット──、そこはかつてニューヨークと呼ばれた都市だったらしい。
三年くらい前までは人も多く、賑わい、観光客がわらわらと溢れていろんな事が起きていた。けどそれは昔の話。突然町中が謎の霧に包まれて以来、ニューヨークは謎の生き物が溢れる変な土地に変わって、人じゃなくおばけみたいな見た目した連中が道を歩き、観光に訪れ、毎日色んな事件が起きるようになった。正直見た目以外起きてることは対して変わってない。
ああ、でも──そういえば。パパとママからもらったぬいぐるみが勝手に動いたり、朝起きたら夏なのに外で雪が降ってたり、部屋の中が突風が吹いたみたいにぐちゃぐちゃになったりし始めたのは……三年くらい前からだったかなあ。


「……ご両親まとめて家が謎の氷漬けになって、遠くの親戚の家に引き取られたと思ったら絵本みたいにその家が風に飛ばされてHLに帰ってきて。そしたらタイミング悪く強盗に襲われて、困っていたら強盗が突然氷漬けになり、そのまま辺り一面吹雪によって雪景色になり、慌てて逃げてここ数日HLを一人で歩いて居たら」
「偶然同じように氷をぶわーってするお兄さんを見つけて!」
「それで、なんだっけ」
「弟子にしてください!」
「凄いな、君の話を要約した筈なのに少しも短くなってないよ」

はあ、と頭を抱えるお兄さんに深々と頭を下げて「おねがいします!」ともう一度告げる。
そう、わたしの人生はある日突然絵本のような謎に満ちたものに変わってしまったのだ。大体お兄さんが分かりやすくしてくれた通り。物の見事に。
通りで聞こえるテレビやラジオからは一家氷漬け事件だの、家が空を飛ぶ事件だのの報道が聞こえ。おまわりさんに見つからないよう裏路地で休めば、目がさめるとまあ目の前のアスファルトが見事な氷に覆われて。
わたしが一体何をしたというのか。いや、正直心当たりはある。パパとママの言いつけを破って勉強をしなかったり、おやつをこっそり買い食いしたりしたもん。ごめんなさい神様、どうかわたしを許してください。許してくれるのはぬいぐるみのクロちゃんだけでした。

「うう……」

ぎゅ、とクロちゃんを抱きしめる力を強くする。柔らかくてあったかい、パパとママからもらった大切なプレゼント。そう、わたしはこの子が居たから意味不明な毎日も耐えられたのである。
けど多分、もう限界。もってたお小遣いだけじゃ満足にご飯も食べられないし、街は寒いし変な人に絡まれるし──あ、でも絡まれたらなんか突然吹雪が吹くからそこまでこわくない──、服は汚れるしなんか今のわたしは全体的に薄汚れてるし。
警察に見つかったら一発でアウト、誰か頼れる人もいない、というかそもそもこの辺りはHLに住んでた頃も来た事がないから土地勘も無い。
そんな何もかもないマイナスの状態で見つけた目の前のお兄さんは、今のわたしにとっては救いの化身なのである。どこか外国の言葉で言う蜘蛛の糸ってやつなのである。

「要は住む場所が欲しい乞食?」
「か、限りなくそれに近いんですけど!そうじゃなくて!」
「何処が違うんだい」
「ええと……その、突然周りが寒くなったり風が吹いたり、そういうのがどうして起きるのかが知りたくて……というか、本来はそっちが本題なんですけど…」

気付いたらずれていた話を苦笑いで戻す。ついでにクロちゃんの手で話を横に置くジェスチャーをしてみた。
お兄さんの表情は思いの外普通で、わたしを見下したり嘲笑ったりする様子はない。多分、謎の力にも心当たりがあったりするんだろう。だから話を聞いてもらえている、と、思う。普通だったらあり得ないって一蹴されるだろうから。いやでも、HLはわりとなんでも起きる街だから全部偶然で片付けられる可能性もある? しまった、そういうパターンを全然考えていなかった。

「その氷っていうのは、どんな感じに出るんだい?」
「どんな……えーと、困って慌てて…両腕でクロちゃんをぎゅっとして……あ、こんな感じです!クロちゃんの腕がぶらーんってするの!」
「……成る程」

そういってお兄さんは真剣な顔にかわる。考えごとをしてるのかな、そういえばパパも考えてる時はあんな感じの難しい顔してた。
思い返せば、パパもママもお仕事が忙しくていつも難しそうな顔をして……でもママは時間を作ってクロちゃんを作ってくれて、パパも色んな本をくれて……わたし、普通の家の普通の子供だったはずなのに。なんでこんな事になっちゃったんだろう。
あ、悲しくなってきた。もしかすると、事件が起きてから今日までで今が一番悲しいかもしれない。昔のこと思い出してもなんの得にもならないのに。パパとママは氷の中だしおじさんとおばさんも強盗さんに殺されて。
……わたしはひとりぼっちだ。

「事情は大方把握した」
「じゃあ弟子に、」
「弟子にはしない。けど君には別の選択肢をあげよう」
「べつ?」
「僕について来るか──死ぬか」
「前者でおねがいします!!」
「行き先は教えてないけど」
「天国と地獄以外ならどこでもおっけーです!!」


back to top
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -