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 ||| ルキウスくんと幸せ


──こんな綺麗な夜には、金平糖で鳩が釣れるのよ。

彼女の言葉を思い出し、僕は一人小瓶を持って外へと駆け出した。夜の帳が下り、暗闇と星明かりだけが道を照らす世界の中で。白く美しい鳩を、僕は探しに出たのです。
小瓶の中に転がる色とりどりの小さな星は、僕が足を動かすたび小さな声で囁き合いました。けれど、僕に彼らの言葉は分かりません。
彼女の肌と同じ、白い鳥籠を抱えて。夜に融けない白い服を纏ったまま。暗い森へと進んで行く。


「ハトは平和の象徴なんですって」
「平和、ですか」
「地球──惑星Eにはね、いろんな伝説があるのよ」

数日前の、聖域にて。
月の光をその身に受け優しく笑った彼女は、遠い遠い空へと目を向けました。彼女の目の中にあったのは、遠い故郷への羨望なのか。
惑星Eは平和な場所だった。クレイのように戦争のある世界ではなかった。僕は、彼女の世話役として命を受けた日から何度もそういった旨の話を聞かされました。

時空のねじれによって招かれてしまった異質な存在。僕たちヒューマンと種族は同じでも、その身を守る力を持たず。けれど、クレイの運命を変えてしまう強大な力を保有する女性。
それが彼女──先導者、ナマエ様でした。
聖域にて保護されながら、惑星Eへ帰る日を待ち続ける人。故郷へ帰りたくても帰れない人。
平穏を望み平和な日々を過ごしているけれど、一歩外に出ればそこは戦場だという事実を分かっている人。
彼女は聡く、そして、優しい人です。だから平和を望むのでしょう。彼女が元いた場所と、同じ平和を。

「平和なのは良いことですね」
「でしょう?よかった、ルキウスが分かってくれて」
「平和に関する理解はあるつもりです。その平和を守る為に、僕たち兵士が存在するので」

あの瞬間、僕の頬を撫でた風は何処か冷たく嫌なものでした。何故そう感じたのか、今になっては思い出せないけれど、僕は自分の言葉で彼女の表情が変化したのをはっきりと把握していました。
曇ったのです。僕の一言で、先ほどまで当然のように存在した微笑みは。

「申し訳ございません」
「どうして?」
「僕が、何か至らぬ発言を」
「してないわよ」
「けれど」
「……大丈夫」

だから、顔を上げて。ね?
そう続いた言葉に顔をあげれば、曇ってはいるけれど僕を安心させる為に作られた笑みがそこにはありました。
僕のために浮かべられた表情だと思うと、何処か胸が高揚します。けれど、彼女に要らぬ心配を掛けたのもまた事実で。僕は、どうしようもできなくて。
何かフォローをするべきか、それとも再び謝罪を?否、それより必要なのはこの空気を打破する手段か。
頭の中を様々な事が巡り、悩み、けれど答えは出ませんでした。彼女の為、そう思うと僕のような力無き存在ではどうにもできない事があまりに多いのです。
自若の探索者。その名を与えられたのは、彼女と出会うよりも以前の話でした。けれど、僕は本当に自若の名を冠するに相応しいのでしょうか。
自若──落ち着いて、物事に驚くことも慌てることもない様子を指す言葉。とても素晴らしく美しい言葉だと思うけれど、彼女を前にした僕には、あまりに相応しくありません。

「……ルキウス」

彼女の声が聞こえます。心配そうな声色。月明かりに照らされ、何処か青白い頬。
彼女を安心させる言葉を、僕は持たない。

「あのね、面白いことを教えてあげる」
「面白い、こと?」
「……今日は星が綺麗でしょう」

そう言いながら窓の外を見上げる彼女につられ、僕もゆっくりと視線を外へと向けました。
そこにあったのは、優しく輝く丸い月。青く、宛ら深海のように暗い色をした空。そして、小さくも懸命に輝く数々の星。
薄くたなびく雲はまるで夜空を彩る装飾のようで、それは、美しいながらも何処か穏やかなものでした。

「こんなに星が綺麗な夜には、金平糖で鳩が釣れるのよ」
「金平糖で、鳩……が?」
「お伽話だけどね」
「それは……例えば超越現象が多発する以前の、朧の騎士の話ような?」
「そう、そんなかんじ!」

ぱちん、と手を合わせて彼女は微笑みます。ああ、やっと笑ってくれた。そんな安心感と共に、僕の表情も何処か和らいだようで。彼女は、より一層笑みを深めてふふ、と小さく声をこぼしました。
「何故鳩が?」と僕が問えば、「何故だったかしら、忘れちゃった」と茶目気を見せながら無邪気に笑います。
ああ、やっと、穏やかな夜が戻ってきた。そう思い改めて窓の外へと目を向ければ、夜空に瞬く星は彼女の言葉通り何処か金平糖のようにも見えて。

「夜空の星は、きっと甘いのでしょうね」
「そうね、きっとそうだわ」

ぽつりとこぼした言葉を、彼女は掬い上げてくださる。だから、僕は彼女の幸せを願いたかったのです。些細なことで幸せを感じ、他者の変化に気付き、傷を負った者に心を痛める。惑星Eの住民は、皆同じ性質を持っているのでしょうか。だとしても、僕にとって彼女だけが特別な事に変わりありません。僕が初めて出会い、初めて言葉を交わし、初めて笑みを見て──この人を、心から守りたいと思った。彼女の願う幸せを、未来を、彼女自身を。

「そろそろお休みになる時間です、マイヴァンガード」
「もうそんな時間? ねえ、ルキウス。明日は一緒に金平糖を食べましょう」
「ええ、分かりました。そのように手配致します」
「明日が楽しみね」
「……僕も、楽しみです」
「……よかった、貴方もそう思ってくれて」

──おやすみなさい。
柔らかなベッドへと横になる彼女に、僕は、そっと微笑んだ。


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