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 ||| ビーストマスターと子供


(落ちない)

それは、いつも一人で佇んでいた。
人間とは遠く離れた機械的な目に、言葉を発することのない武器として造られた口。武器を抱えた両腕に、電力の供給を受けているであろう無数のチューブ状の脚部。
意思の疎通を不要とされた機体。それが、ビーストマスターという一体のメダロットだった。
夜になり、家を抜け出し港近くの廃工場へと足を運ぶ。そして、同じように足を運んでいた彼とともにただ海を眺めるだけ。
初めて出会った時はなんて言葉を伝えたっけ。もはやそんな事は覚えていない程、長い時間を共に過ごしている。一年二年なんて、それじゃあ足りない程度には。
毎日毎日同じことの繰り返し。雪の降る日も雨の日も、風が強い日も星空の綺麗な日もいつだって私たちは海だけを見つめてきた。

来るたびに痣の増える私の身体に、彼が何かいう事はない。
彼はきっと、私に興味なんてないんだろう。でもそれでよかった。私だって、一人が嫌という我儘を偶然そこに居た彼で埋めたに過ぎないのだから。
一人でいる謎のメダロットと、ぼろぼろの子供。大人に見つかったらきっと大変な事になるんだろう。
でも私は彼のそばを離れられなかった。だってきっと、私が此処を捨てれば彼とは二度と会えない。そんな気がしたからだ。

「今日は寒いね」

返って来る言葉はない。でも彼は少しだけ、私の側へと身体を寄せてくれた。機械の身体はぼんやりと暖かく、なんだか安心する。
そういえば今日は両親の機嫌がいつもより悪かったな。早く帰らなきゃ駄目かな。
そうは思うけど、私の身体は動いてくれない。とても眠くて、なんだかとっても疲れてしまった。
いつもだったらこんな事はないのに、どうしてだろう。やっぱり、暖かいっていう感覚は一度感じると離れたくなくなってしまう。手放したくない、ずっと一緒にいたい。そんなことばっかりが頭の中でぐるぐる回る。
帰らなきゃ、でも帰りたくない。帰ってもいい事なんかない、ずっと彼のそばに居たい。
怖いのは嫌い。安心したい。一人になるのも寂しいのも嫌だ、こんな感覚大嫌いだ。

「かえらな、きゃ」

立ち上がろうとしても、身体は動かない。暖かさに安心したせいで、眠気が襲って来る。
寝たらきっと怒られる、帰ったらいつもより酷いことをされる。でも、ああ、でも──。


=

アレの身体は傷だらけだった。
毎日違う場所へ痣を作り泣きそうな顔で此処へ訪れる。全てに警戒し、怯え、人間への恐怖心を隠そうともしない子供。
何か思うことがあったのかと言えばそうではない。この場所を気に入ったようだから、それがただ一つの答えだった。

この廃工場は元々、ロボロボ団によって建築され破棄された私を研究し製造する為の工場だ。故に、此処は私の居場所だといっても間違いではない。
一度の敗北に愛想を尽かした人間は私を捨て新たなメダロットの製造を目論んだ。その過程でこの工場も不要になったのだろう、利用されず時間は経過し今では立派な錆だらけの廃工場だ。
幸い、部品は放置されたままだし電力は周囲の工場から拝借することで私はこの身を保っている。
別段、復讐だのといった目的はない。私を作った人間などに最早興味はないのだ。

しかし、私は一度だけ見てしまったことがある。
私の隣に佇む子供の──海を見つめる、あまりにも美しい瞳を。
傷だらけの身体で遠くを見つめ、生きる望みを保ち続けている。生きたいと願っている。ほんの少しの、誰の視界にも入るただの海を、アレは、生きる糧として昇華しているのだ。
それが、美しいと思った。手放し難いと、思ってしまった。
人間の生きる希望とは、原動力とは。全ての人間へと適応されるとは思っていない。それでも、この海はアレの生きる糧であり意味であり生命そのものだった。

その目に映るものがもし別のものだったのなら、私はそれ程興味を引かれなかったのだろうか。それとも、美しいのは瞳そのものなのか。
ああ、身勝手な人間に興味などない。私が見たいのは瞳だけだ、光を吸い込み輝いて遠方を見つめるその瞳だけなのだ。

だから私は──その目が伏せられる事が許せなかった。


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