text | ナノ
 ||| クリフォートの花嫁


初めて私を彩った感情は恐怖でした。ただそれだけの途方もない何かが私を襲いそして同時に私の中に存在した何かを壊してしまったのです。思えばそれが始まりだったのでしょうか。一体何が始まり何が終わってしまったのか私にはさっぱりわかりません。今も何一つとして私は知ることがないのです。無知な私は生命活動を行うことすら大変な苦痛に感じられるのです。それらは必要なことだと理解はしていました。しかしそれを行う事によって何が得られるというのでしょう。私は無意味に生き長らえる事を望んでいたのでしょうか。自らの意思がない私にそのような問い掛けを行っても意味などありません。ですがそうして何らかの問いかけを行っていないと壊れてしまうような気がしてしまったのです。そう、あくまでそんな気がしただけだけれど。


神星樹の中に閉じ込められている私が外へ出る事を許されないのには、理由がいくつかありました。
一つは創星神がそう私にプログラムを施したため。
また一つは神星樹の外に存在する数多くの生命体が私を殺してしまわないため。
さらにまた一つは、この神星樹に眠り続ける神の遺品を守るため。
光を受け宝石のように艶めく赤色の遺品へそっと口づけを送っても、彼らは何も答えません。所詮はプログラムによって存在を維持する機械なのだからそれは当然でしょう。でも私は彼らを愛しく感じ愛している。一方的なのはよく知っています。おそらくこの感情もプログラムによって作られたものなのでしょう。創星神は厄介なものを作るのがお好きなようです。それもまた遺品を守るためのシステムなのでしょうか。意思を持たずに無意味に生命だけを維持している私には何もわかりません。私にあるのは、機殻を愛し口付けを送り、大切に大切に手入れをし彼らが穢れを孕まぬよう守り続けるという使命だけでした。

牛の骨と白いヴェールを被り、まるで花嫁のような格好をしてまた一つ口付けを送る。私の世界はただそれだけで成り立っていたのです。
ぺたりぺたりと裸足のまま神星樹の内部を歩き、ごく少量の光を放つ機殻一つ一つに口付けを送る。そうして彼らの穢れを祓い、私の中に黒い感情として彼らの穢れを溜め込んで行くのです。
それに疑問を抱いた事などはありませんでした。ですが、溜め込んだ数々の淀んだ穢れがどうなってしまうのかを考えたことがないと言えば嘘になります。
私の顔を覆う牛の骨をそっと手でよけ、緑を抱いた一つにキスを送れば、微量ながらも美しい機殻は明るさを増したのです。


彼らの穢れとは一体何なのでしょうか?気にならないと嘘を吐くには、あまりに穢れを溜め込みすぎたのやもしれません。
気づけば白い花嫁衣装はぼんやりと薄暗い黒に染まり、白いヴェールは解れ破かれ見窄らしい姿へと変貌していたのです。私の顔面を覆い隠す牛の骨はケタケタと笑いました。何故お前が笑うのでしょう。その骨を脱ぎ捨てれば、がらりと大きな音を立てて骨は崩れてしまいました。まあなんと無残なものか。彼女の死骸も、この様に無残なものだったのでしょうか?
私が歩みを止めることはありません。常に私は歩み続け、彼らの穢れを祓いこの身体に溜め込み、そして最後には――どうなるの、でしょうか。
少し首をかしげて、右足、左足と歩みを止めます。ああ、止めてはならないと決められていた筈なのに私は何故歩みを止めたのでしょうか。
ふと顔を上げれば、頭上に張り巡らされた美しく光る糸が私の目に飛び込んだのです。
これは一体?何度もなんども通った道の筈なのに、この様な物を見たのは初めてです。指先で触れれば不快な何かが私を襲い、脳を飲み込もうと大きな口を開けて飛び込んできました。
なに、これはなに?
まるで脳をかき混ぜられているような恐怖と不安が私を襲います。何故私はこれを恐れている?これはなに?汚れてしまう、愛しい機殻達の穢れを祓えなくなってしまう。やめろ、はなせ、はなせ!私が愛した機殻たちが、私の子が、わたしの、ああ、わたしが鬟イ縺ソ霎シ縺セ繧後k、=?ISO-2022-JP?B?GyRCNmwkNyQkGyhC?=、蜉ゥ縺代※――。


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