||| ユーリとハロウィン
「トリックオアトリートだよ、ユーリ!」
笑いながらそう告げれば、目の前の紫色は怪訝そうに眉を顰めて不機嫌な表情で「何言ってるの」と言葉を返した。
アカデミアという孤島の隔離された教育施設にも、ハロウィンというイベントは等しくやってくる。勿論仮装をしてお菓子をくれと回る生徒は殆ど存在しないし、それに答える教職員だって存在しない。でもどの世界にも10/31という特別な日はやってくるし、例え何もない日だと大勢が認識していてもわたしにとっては大切なビッグイベントの日なのだ。死者が帰ってくるお祭りといえば分かるだろうか。
けど大半の生徒はお菓子よりイタズラよりデュエルを望むから、このイベントにアカデミアの生徒は向いていないんだろうなあ。なんてどうでもいいことを考えて目の前の彼に再び視線を戻せば、目の前の紫色は表情を変えないまま「どいて」とあからさまに不機嫌な声色で告げた。
「だから、トリックオアトリートだってば」
「僕には関係のない話。そもそも、お菓子をキミに渡すか悪戯されるか僕に選べと?迷惑以外の何物でもないんだけど」
「そういう日なんだってば」
「悪いけど僕行くところがあるんだ」
「どこ?」
「キミには関係ない」
つんとした表情で言葉を切り、ユーリはわたしを無視して先へ進もうとしてしまう。やだ、行かないで、なんて両手で彼の進路を塞げばユーリの癇に障ったらしくわたしの手は彼によって握り潰され――てはいないけれど、限りなくそれに近い痛みを感じ――てしまった。
ひりひりとする患部をさすりながら涙目で彼を見れば、酷く冷たい目でこちらを見下ろす姿が目に入る。ああ、これは本気で怒ってる。そう思い咄嗟に目をそらしすみませんと小声で謝れば、彼の足はわたしの太ももをぐりぐりと踏みつけた。もうやめて、わたしのライフは0よ!なんて一芝居打ちたいけど、もっと痛い思いをするのは流石に辛い。わたしは決してMというわけではないのである。
「痛いよお……」
「痛くしてるんだよ」
「ユーリの鬼畜ドS……モテないんだよ、そういうの」
「別に興味ない」
「こんなじゃ一生童貞……痛い痛い、ごめんなさい!」
「……」
「ごめんなさい調子に乗りました、ごめんなさい!」
無言で、抉れそうな程ぐりぐりする力を強めるユーリはこわい。わたしは覚えた。ぷるぷると震えながら、廊下に座り込みユーリを見上げるわたしに彼は見下ろしつつ盛大なため息をつく。
少し会わないうちに身長縮んだ?なんてボケをしたら多分踏まれる所の騒ぎじゃなくなるだろう。踏み潰されるに違いない。
痛いのは嫌いだ、感覚があるのは良い事だけど、どうせなら幸せな感覚を感じたいじゃないか。
「ゆーりぃ……」
「何」
「もっと優しくしてよ、わたしだって女の子なのに」
「女性に優しくしろなんていうルールはないよ」
「レディーファースト!」
「知ってる?あれ女性を犠牲にする為なんだよ」
「優しさがない!」
「当然でしょ。そもそも君はもう女ですらないじゃないか」
何も変わらない冷たい声で言い放たれた言葉のせいで、この空間の空気は凍る。冷たい、冷たすぎる。そんな単純な感想を抱いてから、わたしは口元に三日月のような弧を描いた。
そうだね、わたし女じゃない。でも男でもないよ。じゃあどっちかと言われたら、どっちでもないよね。人間じゃないっていうのが一番正しいんだから。
廊下で一人、まるでパントマイムでもしているかのようなユーリは本当に見ていて面白い。わたし、痛覚はあるけど質量はないから、ユーリってば本当丁寧に潰したりしないよう気を使っていたみたい。
関係ないなんて言ってたけどユーリには今日が何よりも大切な日なんだよね。だって死者が帰ってくる日なんだもの。その紫色が艶かしく輝いたの、わたしよく知ってる。だって貴女の目がわたし何よりも好きだったんだもの。
嘘つきな可愛いわたしのユーリ。貴方のこれから行く先は知ってるよ。わたしが埋まってる場所でしょ。ねえ、わたしも一緒に行っていい?なんて嘲笑うかのような笑みを浮かべて彼に言葉を吐き出せば、彼は、恥ずかしげもなく大きく足を上げてわたしを頭から踏み潰した。
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