||| ユーリ様と子供
融合次元に雨が降るのは、ひどく酷く珍しい事だと思いました。
ぼんやりしながら廊下を歩けば、冷たい空気がナマエに意地悪をしてきました。だから、少しだけ肩を震わせてきゅっと唇を線で結べば隣に立つユーリ様がくすくすと笑ったのです。
ユーリ様の笑い声を聞いて、ナマエもなんだかおかしくなって笑ってしまいました。でも、この状況でナマエが笑うのは少しだけおかしな気もします。でもユーリ様の微笑みは、とってもとっても綺麗でした。
「ユーリ様、たいへんです、雨です」
「そうだね」
「とっても寒いです」
「そんな格好をしているからだと思うけど」
「ナマエ、雨が降るなんて知りませんでした」
「僕は知っていたけれど」
「ユーリ様はてんきよほうしさんなんですか?」
「もっと魅力的な言葉があるよ」
そう言ってユーリ様はくつくつと笑います。声を抑えて笑う姿に、ナマエは思わず宝石のようだなどというあまりに単純な感想を抱いてしまいました。少しだけ、はずかしい。もっとユーリ様を表現するのに相応しい言葉が、あったはずなのに。ごめんなさい、ユーリ様。なんて心の中で謝罪をして、ユーリ様の次の言葉をただ待ちます。一歩一歩と歩くたびに、肩にかかったマントがふわりと揺れてまるで王子様のようだと思いました。どうやらナマエは、あまり語彙がないようです。
雨の湿気でしっとりとした廊下の空気に、ユーリ様の靴の音が響きます。こつ、こつ、という甲高い綺麗な音は思わず聞き入ってしまうほど。はっと慌ててユーリ様の背中を追ったのは、内緒です。
「ユーリ様、魅力的な言葉とはどんなものなのですか」
「預言者、なんてどう?」
「なる、ほど」
「僕に似合うでしょ」
「ユーリ様には王子様が似合います」
「王子様なんて使い捨てられるのが物語の王道だよ」
振り向きもせずユーリ様はそう言いました。ふわふわと揺れる紫色の髪の毛と赤いマントがナマエの視界を遮ります。窓の外で暴動のような雨音が少しだけ煩いと思いました。
「王子様はだめですか」
「とうせなら王様がいいな」
「ユーリ様がおひげをはやしたおうさまですか」
「王様に髭を生やさなければならない義務はないよ」
「そうなのですか?」
少しだけ首をかしげれば、ユーリ様はくつくつと笑いました。ユーリ様は面白いことがあった時、決まって抑えたような笑い方をするのです。その時のユーリ様の、機嫌の良さそうな喋り方と表情はナマエの大好きなものの一つでした。あれ、ユーリ様をもの扱いしてしまいました。ごめんなさい、ユーリ様。
王子様はだめ、王子様より上の王様も何か違う。ならユーリ様にはなにが似合うというのでしょう。うーん、と必死に考えても、ナマエの悪い頭では答えなど少しも出ません。とっても悔しくて、うう、と唸り声をあげればユーリ様は立ち止まってナマエを振り返りとても綺麗な笑みを浮かべたのです。唸り声をあげればユーリ様は振り返ってくださったのでしょうか?それならばもっと早くに唸ればよかったと頭の中が後悔で埋め尽くされそうになります。とても良くない考えだと、ナマエは思います。ごめんなさい、ユーリ様。
「そんなに僕を呼称したいの」
「王子様でも王様でもないユーリ様は何者なのでしょうか」
「預言者じゃ駄目なの?」
「ユーリ様はもっともっと、尊いお方です」
「何だ、分かってるじゃない」
意地の悪い笑みを浮かべてユーリ様はとても綺麗に笑います。綺麗という言葉以外の表現方法をしらないナマエはきっと存在する価値さえないのでしょう。頭のどこかでそう思ってしまいました。
「この世界で一番偉いのは誰?」
「プロフェッサーです」
「じゃあプロフェッサーを作ったのは誰?」
「…ご両親?」
「質問を変えるよ。人間を作ったのは誰?」
「……あ、」
かみさま。
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