||| 雀ヶ森レンと猫
(一期レン様)
猫のか細い鳴き声は人を不快な気分にさせる。黒猫は人の幸福を奪ってゆくし白猫は善良なふりをして爪を立て、三毛猫はわたしの存在すら認知しようとしないのだ。
猫は嫌いだ、猫は恐ろしいものだ。9の魂を持つ彼らは何故この世に生を受け猫という形で生命を終える事を受け入れてしまうのだろう。人間として生きたいと望めばよいのに。その魂を一つくらい悪魔に売り渡して、人間にしてもらえば良いのに。そうしたらほら、8つの魂を持った人間の完成だ。
目の前の赤毛の男はきっとそう願った存在なのだろう。彼は猫と同じようわたしの幸福を奪い爪を立て存在を認識しようとしない。ただ、くすくすと嫌な声を上げて笑う彼が立てるのは爪ではなく心を突き刺すような冷たい牙と、彼のイメージの基盤となる複数枚のカードたちだった。
赤毛の猫が悪魔に魂を渡して、人間となり悪の親玉として君臨する。なんてありそうな話だ。ファンタジーはあまり読まないけれどそういった嗜好も悪くはないだろう。
そこまで考えて、わたしは盛大なため息をつき立ち上がる。真夜中の街灯が照らす静かな公園で、わたしと彼は対峙していた。周囲には猫の鳴き声すら存在しない。
「それで、答えは決まりましたか?」
「猫に返事を返すほどわたしは暇じゃあない」
「僕は猫じゃありません、雀ヶ森レンです」
「雀は猫に喰らわれる」
「僕は雀じゃありません」
淡々と繰り返される会話に意味があるのかと聞かれれば答えは出ない。だがしかしこの会話がなければわたし達の間に言葉が現れる事は無かっただろう。
静かな夜に一度だけ猫の鳴き声が谺する。ああ嫌だ、闇に紛れてわたしの幸福を奪ってゆく黒猫が何処かにいるかもしれない。ぐ、と歯を食いしばれば目の前の彼は嫌な笑みを深めた。わたしが焦燥感に囚われている事がそれ程までに面白いのだろうか。
「目を釣り上げて敵意を見せつけて、実に猫らしい表情です」
何もかも分かったかのような上から目線。やめろ、わたしはお前の下に立つ者じゃない。お前の支配など受け入れない。そう思い耳を塞いでも彼の脳を犯すようなその言葉はわたしの脳にこびりついてとれなかった。
猫はお前だ。そう言い切れたらどれ程気が楽になるだろう。胸の中に秘めた感情を言葉にしない事が当然のようになり、いつしかわたしの中には言葉にならなかったいくつもの感情の残骸がまるで遺体のように転がって打ち棄てられていた。
言葉にも魂がある。それならばわたしの中にはどれ程の魂が眠っているのだろうか。
暗闇から様子を伺う黒猫の鳴き声が耳に直接送られて、不快感ばかりを募ってゆく。ああ、でも、わたしはいつからこの鳴き声が黒猫の発する物だと思ったのだろう。
「フーファイターに入ってくれれば、君も直ぐにAL4の仲間入りが可能ですよ」
「お前の支配下に置かれる理由はない」
「突然現れた大会荒らしの猫がフーファイターの人間だって知られたら色々便利なんですよね」
「わたしは、お前の人形じゃない」
「人形じゃありませんよ。猫ですからね」
そういって彼はわたしの黒髪へと指を伸ばす。咄嗟に手を払い距離をとったものの、彼の薄気味悪い笑い声はわたしの耳に付着しただただ不快感を煽るばかり。
気分が悪い。それ以上の言葉など、わたしには思いつかないものだ。
不機嫌そうな黒猫の鳴き声が何処かから聞こえたような気がする。ああ、でも一体どこから聞こえたのだろう。まるでその鳴き声は、わたしの感情と限りなく一致しているような錯覚まで覚え――――。
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