||| 蒼井硝子と夏の終わり
(夢小説?)
夏は過ぎ、秋の足音が聞こえる頃。少しの肌寒さとゆっくりと青さを失う木々が嫌に鮮明に感じてしまい、何処か嫌な気分を抱いていたのは事実だった。
高校に入って二度目の夏休みの終わる日。それが今日、8月の31日だ。夏休みの終わりを嘆く生徒や、友人と再び会えると喜ぶ生徒。前者も後者も、私のクラスに数多く存在する事を知っている。無論、その両方を感じる人間だっている事は知っていた。
でも、私はその何方にも属さないもの。鏡を見て微笑む私の姿は、側から見れば寂しい女の子なのだろう。友達がいない、ひとりぼっち。その言葉は事実だから、否定などしない。外に出れば多くの人間に怯えてしまい、鏡の前のように上手に微笑む事ができない私はクラス委員長の立場を与えられていながらも、クラスの人間に怯えられながら余り話をする事のない、勉強ばかりをしているある種の模範生徒のような立場になってしまっていた。
よくない傾向なのは分かっている。改善しようと、友好的なコミュニケーションを取る努力だってしている。でも、どうしようもないのだ。鏡の前のように上手に微笑む事ができず、硬い表情と冷たい言葉ばかりが意図せず口から溢れ出てしまう。もっと上手に笑う事ができたら。優しい言葉が紡げるようになったら。そう何度も願っている。でも、願ったところで叶わないのは十二分自覚していて。
「……新学期は、友達が出来ますように」
ぱちんと手を叩き、目を開いたまま静かに礼をすれば木漏れ日の差し込む心地よい光がゆつくりと私の頭上を照らした。綺麗な赤色で作られた鳥居は、古びてしまっているけれどそれでもまだ人が手入れをしているのだと分かる形跡がある。神社に通じる道には、周囲に沢山の木々が生えているにも関わらず落ち葉一枚蝉一匹落ちてはいなかった。
8月31日の午前中、つい一週間前とは打って変わって人の声の聞こえない静かな神社で私は一人願い事をしていた。高校生にもなって神頼みとは、神様もきっと笑ってしまうだろう。それでも私にとっては、真剣な願い事だった。
蝉の大合唱も、一週間前よりかは大分静かになっている。小学生の笑い声と共にゆっくりと引いていった彼らの合唱は、日本の夏の風物詩として名高いものだ。子孫を残す為自分の存在を他者に伝え、子を産み落としまたいつかの未来にその子供が夏を歌い出す。それが、蝉という生命のサイクルだ。雨も人間も、同じサイクルを延々と繰り返している。それはとても、美しいと感じるものだった。
神様に祈っても仕方がない、自分で努力をしなければ。そう思いきゅっと目を閉じてからゆっくりと開き、目の前に聳え立つ社に一度礼をして静かに背を向ける。
そのまま真っ直ぐに帰ってしまうのもあまり面白みがないと、頭の何処かで思ってしまったのだろうか。無意識に、意味もなく近くに置かれた手水舎に足を運び、鏡のようなその水面を覗き込めば、少しだけ微笑みを浮かべる自分の姿が写り込んでいた。
「……こんなに、笑えているのに」
ぽつりと呟かれた言葉は、自分を嘲笑うかのようにゆっくりと私の唇から一直線に垂れていった。
鏡のような水面に映り込む自分は、本当に自分なのかと思うほど綺麗な笑みを浮かべている。もしかしたら鏡に映る自分は、自分ではないのかもしれない。此処まで違うのなら、そう思っても、不自然ではない程だった。
心地よい風の力によって、一枚の落ち葉が手水舎に舞い落ちる。まだ新緑の色の残った、枯れていない若い葉だ。もしかしたら、小学生に千切られた葉が木に引っかかっていたのかもしれない。
そう思い、水面に浮かぶ落ち葉へ指を伸ばした瞬間。
「――とっても綺麗な笑顔」
はっと息を飲み込み、声のした方向に振り向けば、一人の男性(容姿からすれば青年、声色からすれば少年だろうか)が静かに、息を潜めて佇んでいた。
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