||| 東雲ショウマと妹
(落ちない)
ショウ兄が、わたしを家から出してくれなくなった。わたしにとってはただそれだけの事だった。それ以上の感情が芽生えることは、少しもなかった。
ショウ兄が嫌いかと聞かれればそうじゃない。でも好きかと聞かれても、答えは出せない。わたしはショウ兄を、ヴァンガードファイターの兄を、チームディマイズの主力である兄を誇りに思っている。
弱さは罪、そう語るユナイテッドサンクチュアリ支部の方針が間違っていると意を唱えることはない。けど、やり方は好きじゃない。だからわたしは、ショウ兄がつけろと強要するバングルをもう随分と長い間引き出しに仕舞ったままだった。
ショウ兄はユナサン支部のやり方に賛同しているのかな。わたしはショウ兄にたくさんの事を押し付けられるけど、ショウ兄が何を考えているのか何も知らない。与えられてばかり、というのが正しいんだと思う。わたしは正直、自分自身の事もよくわからなくなってる。でも、自分のデッキを手放したくなくて、自分の力で強くなりたいと願っているのは事実で。
ショウ兄の言う事を聞けば強くなるのは分かってる。でもそれはわたしの力じゃない、あくまでショウ兄の力。
ショウ兄は強くて凄くて、わたしなんかが努力しても絶対に追いつけない場所にいる。だからわたしは、そんなショウ兄の事がすごいと思っているし素敵だとも思っている。でも、ショウ兄はわたしが下から見上げる事を許してくれなかった。
わたしみたいな弱虫が、同じ場所に立つ権利なんてないのを分かってるくせに。
「ナマエ、ただいま」
「…おかえりなさい」
「今日も良い子で待っていてくれたかな。見た限りだと、外に出た様子はないね」
「……何もしてないよ、ただカードに触ってたの」
「そうかい、それは良かった。もし良かったら、あとで僕のファイトに付き合ってくれないかな」
「……わかった」
「そう、良かった。ありがとう」
いつもと何も変わらない、不安になる程優しい笑み。ショウ兄は、どこまでわたしの返事を予想しているんだろう。
昔からショウ兄は、わたしの反応を先読みするようにたくさんの言葉を投げかけていた。それを怖いとも不思議とも思ったけれど、結局、理由なんて少しも理解できていない。ショウ兄は不思議な力を持っている。小さい頃からずっとずっと信じていたけれど、それも本当なのかもしれない。少しだけ時間の経過した今でも少しだけ、そう思っているのは事実だった。
ぼんやりと部屋の中で蹲って、沢山沢山考え事をしても全てに結論が出る事はなくて。
ショウ兄が何を考えているか。わたしはどうして、無意識にショウ兄の言う事に従ってしまうのか。ショウ兄がわたしにロイヤルパラディンを使わせたくない理由。ジェネシスを使えば、本当に強くなるのか。
一番最後の疑問を、小さく首を振って強引に掻き消せば少しだけ気分が悪くなった。わたしはただ単純に強くなりたいわけじゃない。それを忘れちゃ、いけないんだ。
ぎゅ、と目を瞑り息を吸い込み、吐き出す。ただそれだけの好意で少しだけ気分が落ち着いたのは、そう教えてくれた過去のショウ兄の事を思い出したからなのかな。
優しかった頃のショウ兄は、どこに行ってしまったんだろう。今のショウ兄も優しいのは違いない。けど、今と昔では決定的に何かが違うんだ。
その何かは、どうしてもわからない、けれど。
「……ナマエ、入ってもいいかな」
こつこつ、という甲高い音と聞き慣れたショウ兄の声。そういえばファイトに付き合ってほしいと言われていたんだ、と思い出せばはっとして扉に駆け寄り、わたしは部屋の鍵を解錠した。開いた扉から見えたショウ兄の苦笑いに、少しだけ俯けばショウ兄は昔と同じようにゆっくりとわたしの頭を撫でてくれる。それが少しだけ残酷に感じたのは、どうしてかなあ。
「相変わらず、鍵は掛けたままなんだね」
「ごめん…なさい……」
「悪いとは言わないよ。防犯はとても大切だ」
「…でも、ショウ兄の手間になるから」
「僕は別に手間だとは思わないよ。むしろ、部屋に入ってすぐナマエに触れる事ができるのはとても喜ばしい事さ」
眼鏡越しの綺麗な笑みは、ショウ兄が帰ってから玄関で見せた笑みと何も変わりない。とても綺麗で残酷で、どこか、嫌なものが混ざった笑み。
まるで存在を確かめるかのように、同じ色の髪をゆっくりと撫でるその手つきが少しだけ嫌で、わたしは不自然なのを自覚しつつも一歩下がり自分のデッキを手に取った。
「ファイト、するんだよね」
「ああ、そうだった」
不自然なわたしの動きに言及する事なくショウ兄は自分のデッキを懐から取り出す。わたしの部屋の机に置かれたプレイマットへと、互いにデッキを置きファーストヴァンガードを伏せれば双方言葉はなくなった。
ショウ兄が普段支部で使用しているような、ギアーズのような大掛かりな機械はない。だからわたしたちの世界は、イメージが全てだ。
ロイヤルパラディンのとある古びた聖堂、そこがわたしの選択した戦場。
古びた聖母像と枯れ果てたステンドグラス、時間の経過を感じさせるそれら全ての存在は戦場に置いてなんの利点にもならないのであろう。でもわたしは、此処がどうしても好きだった。
神様でなく人間の手の加わった場所。静かな時間を教えてくれる美しい空間。
それを、少しだけ荒らしてしまうのは申し訳ないと思う。でもこの場所で、聖母像に見守られながら戦うのはどこか安心さえも感じていた。
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