text | ナノ
 ||| シンジくんを慕う


(思い込み強めな遊矢視点)
(落ちない)


「シンジにいちゃんはね、すっごいんだよ!かっこよくてね、強くてね、なんでもできてね!」

無邪気な笑顔でそう語るナマエのことを、俺は何故かふと思い出す。心の底からシンジの事を尊敬しているのだとわかるその眩しい笑顔が、父さんの話をする俺と重なってよく印象に残っていたんだ。
長い髪を揺らしながら、子供特有の小さな手を一生懸命振りながら大好きな相手の自慢話をする。そんなナマエの姿は、嬉しくて楽しくて仕方がないとでも言うように輝いていて。
過去の俺のように、その笑顔が曇ってしまう日が来ないよう俺は心の中で願って居たんだ。

――それ、なのに。

評議会から与えられた個室のテレビから、リポーターの元気な声が響き渡る。つい先程まで様々な出来事が同時に俺を襲っていた為か、女性特有の高い声ではうまく状況を把握する事は出来なかった。だがしかし、フレンドシップカップの二回戦がもう直ぐ開始されるのだということは、背景の人々の盛り上がりから直ぐに察しがついた。
もうすぐ始まってしまうのだ、シンジと零羅――もとい、月影のデュエルが。
ただ唇を噛み締めて開戦を待つ事しか出来ない俺は、なんて無力なんだろう。
赤馬零児から零羅を守る事も出来ず、親友である権現坂の状態もわからず。何も出来ないまま、何も理解できないまま。自分らしいエンタメも、皆んなを本当に笑顔にする方法さえも分からない。
分かっている筈なのに、手詰まりの現状を何度も突き付けられているような気がして、悔しくて俺は唇を噛み締めた。

敗者は地下の労働施設に送られる。徳松さんからそれを聞いた俺は、このデュエルが怖くて仕方がない。この不安は無論、このデュエルだけでなく今後すべてのデュエルに通じる共通の不安だ。
だがしかし、今回のデュエルはまた別。
シンジが負ければ、シンジを慕っていたナマエが。月影が負ければ、本来出るべきだった零羅が悲しむかもしれない。
ナマエの笑顔は曇らせたくない。でも、零羅に自分のせいでと悲しんで欲しくもない。
一番いい形は、この大会を中止させること。でも、この部屋から出ることさえも出来ない俺には到底実現不可能な願いだ。

テレビに映る観客の表情はみんな揃って期待と興味に満ち溢れている。そうだ、何も知らない人はみんなこの大会を純粋なエンターテインメントだと思っているんだ。もしナマエが中継を見ているのだとしたら、ナマエも同じことを思っているんだ。

「……でも、」

そうだ。それは、知らない人たちが見ているからこそ抱ける感情。事実を知っている俺たちは、この大会に喜びの感情を示す事が出来ない。敗者は地下深くに送られるだなんて、誰があの純粋な子供に伝える事ができるだろう。
月影が負けてもシンジが負けても、どんな結果であれ俺は傷付く人を知っている。恐らくはこの会場の外にいるナマエが、このデュエルを見ているかは知らない。本当は、見ていてほしくないとさえ思っている。この次元に来て、右も左も分からない俺たちに親切にしてくれたクロウ、シンジ、ナマエやあの家にいた子供達みんな。そんなみんなを裏切るようなデュエルが、これから、始まろうとしているのだ。それなのに俺は、自分のなすべきことすら分からずこうして立ち止まったまま。
どうすれば良いのかさえ、わからない――。


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