text | ナノ
 ||| シンジくんと恋人


好きなやつが死んだときに悲しまない人間は異端か?でも、この他人を気遣う余裕のない競争社会ではある意味仕方のないことなのかもしれない。他者を蹴落とさなければ明日自分の命を繋ぐ食事さえ手に入るかも分からないのだから、恋人が死んでも悲しめなかった俺はあくまで正常だ。
周りの奴らは一々俺を気遣って、一人にさせようとする。でもそんな事をしたって意味はないだろう。一人になったところで、俺の気持ちが落ち着くわけでもあるまい。ナマエは死んだんだ、もう戻ってこないんだ。俺はそれを痛いほどよく知っている。死んだのは仕方のない事だ、生まれつき病気を持った奴が、此処まで生きただけ幸福だろう。
壁に拳を叩きつけても気持ちが落ち着くわけじゃない。分かっている、十分に分かっているんだ――。


「貴方は本当に、優しい人ね」

微笑みながらそう言うあいつの言葉を、俺は否定しなければならなかった。

ナマエという女性は生まれつき身体が弱い、俺の幼馴染。同じ孤児院出身で、年齢も同じで、機械弄りが好きで真面目で働き者な絵に描いたようないい奴。それが俺の恋人だ。
身体が弱くなければ。それが口癖で、いつだって幸せそうに笑って。そんなこと言い出せばきりがないのは、幼馴染である俺が誰よりも良く知っていた。だからもう、幸せな思い出を語るのは止めにしよう。
「いつか私も、神様の元に帰るのね」
笑いながら何て事のないようにそう言うあいつの姿は、普段と変わらずとても優しい笑みを浮かべていて。
お前を死なせはしない。そう言って抱き締めることが出来たなら、違う結末が待っていた可能性もあるだろう。だがしかし俺は、その言葉に何も言葉を返すことなく俯いてしまう。
ほんの少しだけ悲しそうな声色で声を漏らしたあいつにはっとして顔を上げれば、意味のない「ごめんなさい」が返された。それを言うべきはお前じゃないのに。でも俺は、慰めの言葉一つ告げられやしない。
ナマエの前になると、途端に言葉が出なくなる俺は恋人失格なんだろうか。そう思っても聞くことが出来ない俺は、やはり弱虫だ。

「……ナマエ」
「なあに」
「…お前の事、助けられなくてごめんな」
「……いいのよ、どうせ助からない運命なんだから」
「そんな事――」
「あるのよ。だから、ごめんなさい」

いつもと変わらない、あまりに優しすぎる笑み。生きたいと、死から逃げたいと醜く俺に縋ってくれたなら、俺はこんなに苦しむ事はなかったというのに。
随分と切っていない長い髪も、宝石のように綺麗な色を持ったその眼も、俺だけに向けられたその綺麗な微笑みも、いつか見れなくなってしまう。こんなに優しくて、真面目で、ずっとずっとナマエは必死に生きてきたのに。
神は残酷だ。いつか帰る運命を受け入れたナマエを救うことなく、早く自らのものにしようと手招きをしている。

「もし俺に力があれば、お前をいい医者に見せて、いい薬を飲ませて、その病気だって治せた筈なんだ」
「…そうね」
「……俺が無力なのが、悪いんだ…」

膝の上で拳を握った俺に、ナマエは言葉を発しない。意味のない謝罪も、肯定も何もないこの短い時間が永遠にも感じられて。
「……ごめん、なさい」
意味のない謝罪ばかりを繰り返す俺たちに、救いなど何処にも存在しなかった。


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