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 ||| 貴竜の魔術師と弟子


魔法は素質、魔術は破棄、魔導は与えられたもの。

幼い頃祖母に聞かされたその言葉を、再び聞く日が来ようとは思ってもいなかったのです。
ディープモーベットの髪と、同じ色硝子玉のような瞳を携えわたしを見つめる彼女の姿に、曖昧な笑みを浮かべる事しか出来ませんでした。
音叉のような形状の杖を空中へ向け、その眩き赤い光で文字を書き連ねる幼き少女の姿は、何も知らない者が見れば到底師だとは思わないでしょう。ですが、彼女はまごう事なきわたしの師であり、貴竜の名を与えられた美しき竜使いの魔術師。わたしより長い時間を生きる、貴竜の魔術師様なのです。

「聞いた事があったかしら」
「はい。随分と昔、祖母に」
「ナマエちゃんのお祖母様は物知りなのねえ」
「本人は、魔術師のなり損ないだと言っておりました」

そうなの、と言い話を打ち切るお師匠様の表情が、心なしか曇っているように見えたのは錯覚でしょうか。再び空中へ文字を書き出すお師匠様の姿にハッとして、わたしは必死に書かれた文字を紙に書き写します。こんな事をして何になるのかとお師匠様は言っていらっしゃいましたが、魔術師として名を与えられていないわたしのような一般の人間風情では空中に書き連ねられた文字列を記憶するなど到底不可能な芸当なのです。無くなる度インクと紙を町へ書いに行かなければなりませんが、これはこれで、未だ人として生きているという事実をを改めて感じる事ができます。そんな些細な感覚は、わたしの好きな物の一つでもありました。
「書き終わったかしら」
「はい、お待たせしました」
わたしの言葉を聞くや否や、先ほどまで光の文字で埋め尽くされていたわたしの視界全貌は綺麗な風景を映し出し、空の青さを改めて感じる事ができました。室内で学ぶには面白みがないとお師匠様は言っておりましたが、漸くその意味を理解できたような気がします。

「魔法は素質。その理由と、魔法使いの定義は分かる?」
「魔法は全ての基本であり、素質を持つ生命であれば理解せずともある程度扱う事が出来るからです。そして、自らがそれを名乗れば魔法使いと認められる…でしたか」
「正解よ。じゃあ、次。魔導の定義と理由、そして魔導士の定義をお話しして」
「魔導の定義は与えられたもの。天上に存在する書庫に収められた魔導書から力を賜った者だけがその力を扱う事が出来るからです。だから、魔導士とは理解を超越し、神に近い天上に存在する、天使とは異なり魔法の素質を持った"人間"だけがその力を与えられる事を許されます」
「うーん……理由と魔導士については正解だけれど、魔導の定義は不正解よ」

お師匠様は残念そうな表情でそう言いました。何が間違っていたのでしょうか。それさえも分からないわたしは少しだけ首を傾げ、お師匠様の言葉を待ちました。

「……魔導士は"与えられるもの"なの」
「どう違うのでしょうか」
「魔導士は、魔導書から与えられた力をいつか魔導書へ"返す"物なのよ。その力は永遠じゃない」
「いつかは返さなければならない、神から賜った物……」
「そういう事ね。彼らは勝手に選ばれて、勝手に奪われる物なのよ。自分勝手でしょう」
「……でも祖母は、与えられたものだと言っていました」
「ナマエちゃんのお祖母様は間違った定義を覚えていらっしゃったのかしら…」
「……、…間違えていたとは到底思えません」
「不思議なお話しね。お祖母様、魔導に関わりがあったのかしら」
「そうかもしれませんね」

朗らかに笑うお師匠様に、わたしも曖昧な笑みを浮かべました。思えばわたしは、祖母について何一つとして知らないような気がします。彼女が何故魔術や魔導に精通していたのか。何故こんな事を知っていたのか。何故わたしに、様々な魔法の知識を与えたのか。今は亡き祖母に、聞きたい事は山程あります。ですが、死者を蘇らせる言葉は世界の理に反します。不可能ではないけれど、それを知る者は行わない。何故なら、蘇生の方法を知る全ての魔術師はたった一つの生命体よりも大きな者を守らなければならないのですから。天秤がより重い方に傾くのは当然の事。それを、長い時間で魔術師は悟ってしまうのです。
魔術師とは、与えられた名に泥を塗る事を何よりも嫌うのですから。

「話が逸れたわね。それじゃあ、最後よ。魔術の定義と理由、魔術師の定義をお願い」
「はい。魔術の定義は破棄、本来持つ名を捨て、新たな名を与えられる事により、その名から力を与えられるからです。魔術師は自らが生まれた時に与えられた名を捨て、新たに与えられた名を司る守り神にも等しい存在です」
「そうね、大正解。穢れた古き名を捨てて、新たな名前に恥じぬ者にならなくてはいけないの。それには沢山お勉強が必要よ。やっぱりナマエちゃんは、きっと素敵な魔術師になるわ」
「ありがとう、ございます」

新たな名を与えられるには、もっと学ばなければいけない。遠回しにそう言われたような気がして、わたしはほんの少し表情を強張らせました。
手に持つノートは、無意識のうちに握り締めてしまったのかページがしわくちゃになっています。
空中に光る赤い文字を消しながら、お師匠様がわたしに振り向きました。何かあるのかと思い声を掛けても、お師匠様は浮かべた笑みを崩しません。彼女が何を考えていらっしゃるのか、わたしにはどうも分かりませんでした。

「ナマエちゃん」
「はい、お師匠様」
「早く素敵な魔術師になれると良いわね」
「……そうですね。より一層、努力を重ねます」

そんなありきたりな言葉を言う為に、彼女はあれ程の笑みを浮かべるだろうか。
困惑と不安と、ほんの少しの嫌な予感に眉を顰め、わたしは再び白いノートに向き直りました。


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