||| 貴竜の魔術師と弟子
(魔術師について主に捏造)
魔術師とは遥か古代より存在する気高き者の呼称であり、長き時を生きる様々な物事を操る者たちの存在を証明する名称でもあると言い伝えられています。
彼らは汚れを孕み生まれ落ちた瞬間に与えられた個々の名称を捨て、汚れのない "魔術師"と言う枠の中に収まり長い時を生きるのだと、遠い昔、わたしは祖母より教わりました。
長き時を読む事から与えられた"時読み"という呼称、遥か遠き星を読む事から与えられた"星読み"という呼称。他にも、長きに渡りその名を記憶された魔術師は多く沢山存在します。
無論、それはわたしの師である"貴竜"の名を抱いた竜使いの魔術師、貴竜の魔術師様にも当てはまる事であり、恐らくわたしも遠い未来は同じ枠に収められる事になるのでしょう。
ディープモーベットの髪を風に遊ばせ、同じ色をした目を細める彼女の姿は、何も知らない者が見れば幼い少女と勘違いをするほどの儚さを孕んでいます。
ですが、彼女は長き時を生きる"名を捨てた魔術師"の一人。わたしよりも遥かに長い時を生きた存在なのです。
二色の眼を持つ竜を配下に置く、その姿からは想像もできない圧倒的な才能と力。優しい微笑みからほんの少し覗く、冷たい牙の面影。炎を自在に操る姿の、その美しさ。それら全てを彼女の隣で見続け、学び、感じてきたわたしには痛い程分かります。彼女に限らず、魔術師という存在は人間とまるで違うのだと。
「ナマエちゃん」
「はい、お師匠様」
大きく吹いた風に、わたしの髪はふわりと宙を舞いました。お師匠様の短い髪は然して変わりはありませんが、風に揺れるその特徴的な白の服は風を受けふわりと大きく広がってしまいます。
とても甘く、優しさを孕んだわたしを呼ぶ幼い声。まるで愛する子を呼ぶ親のような、慈愛に溢れたその声が、わたしはどうしても好きになれませんでした。理由は、自分でも一切理解できないのですが。
根拠のない嫌悪は良くない事。それは良く分かっています。ですが、嫌悪と呼ぶにはあまりに温く、其れに対する感情が無いと言えば嘘になる。そんな曖昧な存在に、根拠も何も抱けるのでしょうか。ほんの少しだけ唇を噛めば、お師匠様は声を押し殺すように笑いました。
「ナマエちゃんは、本当に可愛いわ」
「……お師匠様が、何を言っていらっしゃるか分かりません」
「褒めたのよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
愛おしむように細められる眼。ああ、嫌だ。どうかその目で、わたしを見ないで。
息が止まるような錯覚と、額を伝う一滴の汗。わたしは何故、此処まで彼女に理解できない感情を抱いているのでしょうか。嫌悪でも愛情でもなく、不安でも悲しみでも無い。何者にも当てはまらないと同時に、全ての感情を混ぜてしまったような奇妙で理解の追いつかない何か。
「私の可愛い、ナマエちゃん」
囁くような甘い声色。まるで、そのディープモーベットを砂糖で煮詰めたような甘さ。どろりとしたその感情に、わたしは全てを絡め取られ、言葉までもが奪われてゆくのです。
魔術師とは、汚れた個々の名を捨て汚れの無い枠に収まる存在なのだと遥か昔から言い伝えられています。人の名とは、汚れきった生まれた瞬間より与えられた何よりも汚い存在。魔術師になるのなら、生まれ落ちた瞬間より与えられし己が名を捨てるのは当然の事だと伝承より教わりました。
ですが彼女は、汚れきったわたしの名を何度もなんども繰り返し呼び、汚れた全てを断ち切る儀すら行おうとしません。つまりわたしは、彼女の元で教えを乞うた数年前より汚れた人間のまま彼女の隣に存在しているのです。
魔術師とは、遥か長い時間を生きる様々な物事を操る者たちの名称。
魔術師に成りたいと願った人間は、愚かでしょうか。ですが彼らも元は人間の身なのです。所詮はわたしと、大差など無いのでしょう。
それなのに、これ程虚しさだけが募るのは、一体何故でしょうか。
綺麗に笑うお師匠様のその顔が、何よりも美しく、悲しく、そして同時に、空っぽに見えたのは錯覚だったのでしょうか。
彼女か何を考えているかなど、汚れた人間のわたしには何ひとつとして理解ができません。もしかしたらわたしは、理解する気さえも無いのでしょうか。
そう考えれば、魔術師も人も大差など無いように錯覚てしまうのですから悲しいもの。ああ、所詮は皆、彼女ら魔術師とて例外なく、生命活動を続ける哀れな存在なのでしょう。
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