||| 隼くんと妹
(捧げ物)
余命、半年。そう言われた俺達の妹は、綺麗な笑みを浮かべてただ一言、「残念」だと口にした。
両手で顔を覆い泣き叫ぶ瑠璃や、医師の肩を掴み必死に縋る両親を他所に、俺は、ただ一人俺だけは、白いシーツに横たわり聖母のような笑みを浮かべる末の妹を何も言わずに眺めている。
俺は薄情者だったのだろうか。妹に何の感情も抱いては居なかったのだろうか。確かに、ナマエは悪戯が好きでよく俺や瑠璃を困らせたりもした。でも、それでも彼女は沢山の人に優しさを与える"良い子"で、この世界をただただ愛していて、俺達兄妹や、家族や、彼女の周囲の大勢の人間は彼女を大切に思っていたはずなのに。
「隼にい、泣いてるよ」
神に見放された妹はただ笑い続けている。泣いているのは、彼女と違い縁遠い俺達第三者だ。
頬を伝うそれが涙なのだと、ナマエの指摘で俺は初めて自覚する。涙など、もう随分流した記憶が無い。妹の前で涙を流す兄など、格好悪いだろうか。それでも俺は、ナマエに指摘されながらもただ唇を噛み締め涙を流していた。
「みんな、大袈裟すぎるよ。居なくなるだけなのに」
「……お前はそれで、良いのか」
「だって仕方ない事でしょ?いつか死ぬんだもん、わたしはただ、それが早かっただけ」
俺にしか聞こえない小さな声で、まるで幼い頃した内緒話のようにナマエは小さく笑った。病気を患っている様にはとても見えないその姿に、俺はまた大粒の涙をこぼした。
少し前、俺とお揃いだと言って短く切った髪が白いシーツに散らばり、その美しさを引き立て。日焼けしない肌に浮かび上がる金色は、全てを受け入れ細められて。
薄く色付いた頬も、綺麗に伸びた長い睫毛も、俺と同じ色をした深い深い闇に飛び込んだような短い髪も、麦の波を思わせる金色の瞳も、これから死ぬ人間が持っているとは思えないほどに優しい色を孕んでいる。
「パパ、ママ、隼にい、瑠璃ねえ、泣かないで」
ああ、その言葉に憤りを感じたのはきっと俺だけなのだろう。否、俺だけであってほしいと願っている。
きゅ、と唇を噛み締めれば痛みで脳がぐらりと揺れた。綺麗な唇だからやめてと言われた過去を思い出して、胸がゆっくりと痛みを訴えた。
どうしてお前はそう、俺を何処までも傷付ける。お前のせいで、俺はどうしようもない程に傷だらけだ。それなのにどうして、どうして俺を置いて何処かへ行こうとする。
神に連れ去られてしまう前に、俺が閉じ込めてしまえば良かったのか。それとも、神の手が及ぶ前に俺がその羽を奪ってしまえばよかったのか。
どうして、優しいお前は俺ばかりを傷付ける。
痛い、痛い。どうしようもない程に痛く、悲しく、辛く、憎く、そして同時に――悔しくて、仕方がない。
「……ナマエ」
「なあに、隼にい」
「お前は俺を、置いていくんだな」
自嘲気味に呟いた言葉に、帰ってきた言葉を俺は受け入れることが出来なかった。
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