||| 櫂くんにストーカーされる
(捧げ物)
首筋を撫でる指の感覚が不愉快で、ゆっくりと後ろを振り返る。それが彼の願う行為だとは、何となく理解していた。
表情をなくして何も言わずわたしを見つめる男、櫂トシキ。正直に言えば、わたしは彼があまり好きではない。嫌いと言い切らないのは、其処までに至る決定的な理由がないから。
彼がわたしに害を成したわけではない。けれどわたしは彼が嫌いだ。多分、本能的な理由で。
「何か、用でもあったの?」
「……」
「何もないならわたし、帰るけど」
目の下に浮かんだ、赤色の何か。アレは何だろう、ヴァンガードファイターの間で流行しているのだろうか?だとしたら相当格好悪いのだが。
彼は美形なのだから似合うだろう。だがしかし世界は広い。美形でない人間が同じ格好をしたところで、まあ、想像など容易に出来る。
彼が言葉を発することはない。今まで何度か似たようなことはあったのだが、まあ、その全ての結果はお察し。今日のように別れて終わりだ。
彼が何を考えているのか全く理解できない。だからわたしは、彼があまり好きではなかった。
伝えなければ伝わらない。人間はエスパーでないのだから、当然だ。言葉にしなければ、何を考えているのか表すことなど出来ない。
「……ねえ、言いたい事があるならちゃんも言って」
毎日毎日、わたしの髪を引いては何も言わずわたしを見つめるだけ。恋してるのか、ストーカーなのか?なんて冗談を始めの頃は考えていたが、何日も続いた今では不愉快を通り越して恐怖でしかない。
貴方は本当に何がしたいの。露骨に嫌な表情を浮かべても、目の前の彼が表情を崩す事はない。
何も言わず、ただわたしを見つめ続ける。変わらない、いつもと何も変わらない。まるで壊れてしまった人形のようだ。
「ねえ、櫂――」
「お前は、強いのか?」
何を言うんだ、この、男は。
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