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 ||| 櫂くんと引きこもり


(Gの一年前設定)
(引きこもってない)

「櫂はいいな、大人で」

表情を無くしたまま、隣を歩く子供ははっきりとそう告げた。大人がいいとはどういう意味だ。そう聞こうにも、そいつは既に何処か遠くを見つめてしまっている。
繋がれた手に変化は様子はない、余所見をしてはいるが、恐らく行きたい場所は特にないのだろう。
日本という、彼女にとっての異国の地。不安な部分もあるのか?そう思いつつも、その幼い存在から目を離すこと無く人の多い道を行く。
アイチに押し付けられた子供の世話も、まあ、これ程しっかりした子供ならば悪くはない。そう思った矢先の、こういった唐突な質問。9歳という幼い少女は、全てを悟ったような無表情で後江の街を歩いていた。

「どういう意味だ?」
「そのままのいみ。大人がうらやましいだけ」
「お前も時間が経てば大人になるだろう」
「じかんは止まらない」
「当然だ」
「……だから、櫂にもアイチにも追いつかない」

握られた手に力が込められたのは、錯覚ではないのだろう。その赤色の目が僅かに揺れた事を、俺の目ははっきりと認識した。
思えばこいつは、日本に来る前はずっと一人だったと聞いている。エリートの家系に生まれ、英才教育を施され、何をするにも一人だった虚しい少女。
今となってはアイチに出会い、ヴァンカードに触れ、伊吹に出会い、家族という檻から逃げてこの日本へとやってきた。けれど、彼女の心に残った傷は、今まで感じてきた時間は、もう元に戻る事はないのだろう。

「……もっと早く生まれたかった。もっと早く、ヴァンカードに触れたかった」
「…」
「そうすれば、もっとアイチといる事ができた。もっと早く、幸せになれた。あんな親から――」
「本気でそう思うのか?」
「当然だ。だって、私の全ては……」
「だとしたらお前は、何も分かっていないな」

思わず立ち止まり、俺はそう口にする。
その考えが悪いというわけではない。苗字ナマエという被害者を、攻め立てたいわけでもない。俺はただ、過去を悔やんだところでどうにもならないと分かっているから行ったんだ。過去を振り返っても、嘆いても、何も変化などありはしない。それを望むならば、自らが前を向き立ち向かう事のみ。

「……しってる。後悔したって意味ないのは、わかってる」
「…言いすぎたか」
「違う。私が弱いから」
「……そんな事はない。それを分かっているならばお前は十分、強い人間だ」

それだけを告げて、俺たちは再び揃って歩き出す。握られた手に込められた力は、離さないとでも言うほどに強く、その赤い瞳に浮かぶほんの少しの涙は固い意志を感じさせる。

探索者――それは、未来を探す者達。
こいつのデッキは、恐らく、こいつにとっての幸福を探す為の鍵なのだろう。そしてアイチは、それを理解していながら一枚のカード――こいつにとっての一番の相棒、はーとみーを渡した。
大切なものは分からない。だからそれを知る為、こうして、世界を知ろうとした。

「お前は強い。十分過ぎるほど、お前の心は強い」
――だから、大丈夫だ。

それを告げれば、つんとした冷たい表情に、ほんの少し柔らかい色が伺えた。


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