text | ナノ
 ||| リンちゃんを欲しがる


(飽きた)

今日も変わらずお稽古ばかり。こんな事して何の為になるんだろう。父様にそれを聞いても答えの帰ってくる日はない。母様はわたしの姿も見たくないらしく、わたしが声を掛けるたび金切り声をあげてわたしの頬を叩いた。
痛みなど最早感じなくなってしまったのは良い事だろうか、悪い事だろうか。考えたくもないが、この屋敷でわたしの味方などもう存在しないのだろう。なんとなく分かっていた事だが、近頃はメイドまでわたしを避けがちだ。
唯一の救いは、わたしに一切興味のない稽古事の講師くらいだろうか。自分の為にならないのは分かっているけれど、多少なりとも心の落ち着く稽古の時間は、一度として欠かす事なく出席していた。
それに関して両親は何も言わず、この稽古が続くあたり、彼らは本当にわたしに興味がないのだろう。
それを寂しいと思わないわたしは、だめなのだろうか。

「……お茶いらないから、下げて」
「畏まりました」

名も知らないメイドにそう告げて、わたしはただぼんやりと窓の外を見つめ続ける。それの何が面白いのかと問われれば、わたしは答える事が出来ないだろう。ああ、でも、思えばそもそも問う人間などいなかったか。
コモンズの住む街は、酷く荒れて汚い場所だ。あんな場所によく住めるとわたしは正直思ってしまう。けれど彼らにとってはあそこが帰る家なんだと思えば、そんな酷い言葉もなんとなく言いにくくなってしまった。
わたしは多分、トップスの人間として間違っているのだろう。この富は独占するべきではない。皆が平等に扱うべきだ。
無論、そういった思考を口に出す事は一切ない。だが、こういう平等な思考というのは絶対的なこのシティのルールを揺るがす蟻の一穴。抱くだけでも、この街では異端扱いされてしまう。
わたしは立場が立場なだけ、そういった事を表立って言ったとしても特別批判される事はないだろう。だが恐らく、父様や母様からは酷く手荒な扱いをされるのは読めていた。

「……面白くない」

シティの景観は整って綺麗だ。だが、何処を見ても面白さの欠片もない。何をしてもつまらないこの屋敷で、外に出る事を許されないわたしは、ただ何もせず街の通行人の数を数える遊びを繰り返していた。
遊び相手も存在しない広い部屋。物は願えば与えられるだろう。だがしかし、わたしが願うのは人間だ。人は物じゃない、だから、両親とてわたしにそれを与える事は出来ないんだろう。そうしてわたしは閉じこもる。両親も、そんなわたしを不気味に思う。そうすればほら、どんどん溝は広がるばかりだ。
外の人間が羨ましい。でも、コモンズのような生活をするのは少し嫌だ。わたしの我儘も大概だろう。
ひとり、ふたり、さん、よん、ご。数えても数えても、人は減る事を知らない。青と黄色が特徴的な少年、フォスフォフィライトの髪を持つ少女。ここからではあまり詳細に見る事は出来ないが、きっと、楽しそうな表情をしているに違いない。

「…いいなあ、デュエル」

わたしもしたい。などという短い言葉が発される事はなかった。だがしかし、わたしの中に蟠ったその言葉はゆっくりとわたしを蝕み、どろりとした良くない感情を生み出してゆく。
欲しい。デュエルをしてくれる人が欲しい。いや、欲を言うなら、デュエルをしてくれる"友達"が、ほしい。
コモンズが羨ましい。そうやって友達を、仲間を、簡単に作れる彼らが羨ましくて、妬ましくて、その幸福が欲しくて欲しくて仕方がない。

一時の感情に流されているだけなのは分かっている。だがしかし、わたしは何故か、欲しくて仕方がないのだ。
あのフォスフォフィライトが、脳裏に焼きついて離れない。
――あのこが、ほしい。
ぐ、と唇を噛めば、鉄の味が口の中にじわりと広がる。ほしいほしい、欲しくて欲しくて仕方がない。
父様に願おう、そうすれば、叶えられない願いなんてない。
いいや、もういっそ、彼女の周りごとこの屋敷に連れて来ればいいんだ。そうすればわたしはもう一人じゃなくなる。母様に迷惑がかかるけれど、そんなのわたしの知った事じゃない。散々わたしに酷い事をしたんだ、仕返しだと思えば簡単な事。

「ねえ」
「はい」
「父様に我儘言うの。電話繋いで」
「……畏まりました」

わたしの動向に興味のないメイドは、すぐわたしの言う通り行動を起こす。給料を貰っている以上、彼女も、最低限の働きはするようだ。
窓のそばで、外を眺めるわたしへと彼女はそっと受話器を手渡す。今時こんな古めかしい田話を使っているのは、この部屋くらいだろう。わたし専用の"クロデンワ"と呼ばれるそれは、じりじりとノイズをあげながらも確実に父様とわたしの間を取り持った。


back to top
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -