text | ナノ
 ||| セシリアと幼女


(隊長就任おめでとう記念)
(落ちない)

触れれば汚してしまうのではないかと思うほど美しい、純白の白百合。
誰もいない静かな森の中で、彼女を呼び出したのは正解だったらしい。もしも生命が多く溢れる、ネオネクタールのお社――先導者である少女の住まう、屋敷のような場所――で彼女を呼んでいたのなら、白百合か二人いると大騒ぎになっていたのは間違いないからだ。
幼い少女は呆然としながら、目の前の大輪の花をただ見つめる。その視線に純白の百合、セシリアが気付くのに、然程時間は掛からなかった。

その美しい花に大差はない。流石は、姿形の変化しないバイオロイドと言うべきか。先導者の少女である、地球から呼ばれた人間とは違い、その身で光合成を行えば、永遠とも呼べる時間を生きることが可能になる。彼女のような、生まれた時から守護龍に認められた存在ならば尚更だ。
――だから、少女は思った。そして同時に、願ったのだ。もし彼女が未来に生きているのだとしたら、どんな姿をしているのだろうと。
そうして姿を見せたセシリアは、少女の世の姿と大差のない形で、少女の目の前に現れたのだった。

「……マイ、ヴァンガード?」
「みらいの、セシリア……」
「…私は、貴方様に呼ばれたのですね」

ほんの少し笑みを浮かべるその姿はまさに、白百合の花言葉である"純粋"に相応しい。
花嫁のような純白な白を身に纏い、絶対的支配を思わせる黒と金が、その白き身を引き立てる。
開かれた花弁はまるで、聖女のように慎み深く、同時に、戦に立つという戦士の確固たる意思を感じる二本の剣は甲高い音を立て彼女の腰で揺れ動いた。

「…きれい……」
「お褒め頂き光栄です、マイヴァンガード」
「…セシリアが笑ったところ、はじめてみたわ」
「貴方様の世の私は、少し急いでおりました故。止むを得ない事なのです、どうかご容赦ください」
「いそいでたの?」
「ええ、とても」
「……セシリアでも、そんなのことあるのね」

そう、少女の知っているセシリアは、少女に笑いかけた事など一度もなかったのだ。彼女はいつだって厳しい表情で前を見つめ、兄である黒百合を叱咤し、同胞と共に高みを目指す。
そんな、強く気高く美しい彼女が、少女にとっては何よりも愛おしく、美しく、彼女のような存在になりたいと夢見る絶対的な対象だった筈なのに。
「……せしりあはかっこいいわ、うらやましいわ」
まだ幼く、守護龍の加護がなければクレイで歩く事も出来ないような幼い少女。そんな彼女が、セシリアのような美しい"大人"の女性に憧れるのは、ある意味必然の事なのだろう。
だがしかし、少女が気付くのに時間は掛からなかったのだ。彼女のような、セシリアのような銃士に、花を抱いた守り人には、どう願ってもなれないのだと。

「わたしも、しゅごりゅうさまを守るじゅうしになりたいのに」
「マイヴァンガード、貴方様ならその願いは叶います」
「むりよ、だってわたし、しょくぶつになれないもの」
「……守護龍を守るという貴方様の願いは叶えられます。きっと、大丈夫」
「…大丈夫じゃないわ、むりよ…むりなのよ……」
「未来から現れた私の言葉は、信用に足りませんか?」
「……ちがうわ、セシリアのこと、わたし、だいすきよ。しんじてるわ。でもね、違うの」

雨のように零れ落ちる涙を、少女は、止めようとも思わないのだろう。バイオロイドである銃士には存在しない、涙という、塩の混ざったそれをゆっくりとセシリアが親指で拭えば、瞬間、それは彼女の身体へと吸われてしまった。
植物が水を欲するのと同じように、彼女達バイオロイドに水は必須の存在。それに塩分が混じっていようと、水は水としてその身体は認めてしまうのである。
だがしかし、その当たり前のような現象にさえ、少女は再び涙を浮かべる。それは、少女とセシリアという、絶対的な生命の違いに対してだったのだ。
だがしかし、目の前の白百合がそれに気付くことはない。

それもそうなのだろう。彼女は今、幸福に満ち溢れているのだから。
少女亡き後のクレイから呼び出された白百合が、何よりも渇望した少女の存在。自ら会いに行く事は叶わず、超越という、ごく限られた瞬間にしか触れ合う事ができないという悲しみ。
白百合は以前、少女とは違う存在に呼び出された事はあったのだ。だがしかし、彼女の心を覆ったのは、過去の少女に会いたいという願いのみ。
今の彼女は、その思いだけで過去に滞在していると言っても違わない。
それ程までに彼女は、先導者亡き世界を嘆いていたのだ。


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