||| 素良くんとお人形
(半捧げ物)
(落ちない)
つぷ、と膨らむ赤い汁が私の肌をゆっくりと滑り落ちた。見るだけで痛いと目を覆いたくなるようなこの光景。けれど私は何も言わず、目も逸らす事もない。異様だと分かっているんだ、この場にいる私たち二人はお互いに。けれどそれを止める理由は一つもない。もっと言えば、私に抵抗する理由も気力も――やめて欲しいと思う願いさえも、持ち合わせてはいなかった。
水色の髪を揺らし、鼻歌を歌いながら細い針を私の肌に何度も通す。それはまるで、布を縫うように自然に行われていた。
ぽたりぽたりと溢れる血は白い糸を赤く染め、その度彼は満足そうに目を細める。その姿を見て何も思わない程度には、わたしももう可笑しいのだろうか。否、今更それを考える必要など。
私は彼の人形、それ以上でもそれ以下でもない置物だ。
痛みなど感じないこの体に、私が求めることなど何もない。波に揺られ、流され、落ち着いた彼の隣というこの場所に違和感など感じない。感じる為の心さえ、無いのだから。
「だから君は、ずーっと僕の人形でいいんだよ」
「……そうだね」
裂かれた太ももに差し込まれる針と糸。私の体は彼の好きなぬいぐるみではない、そんな事を理解していながら彼はこの行為をやめる気は一切ないのだ。
もし私が一枚の絵なのだとしたら、そんなありもしない想像をぼんやりと脳裏に描き、目を伏せる。
「あーあ、ちゃんと見せてよ」
その言葉は聞かないふり。こんな事をして彼は怒るだろうか?そう思いほんの少し眉を下げた。また傷が増えれば彼に散る返り血がまた増えるだろう。血の汚れは落ちないとよく言う。それに、血まみれの彼は正直見たくない。
「僕のいうこと聞かないんだ」
何処までも傲慢な言葉。自分が絶対的な支配者だと傲る哀れな少年。その立ち位置は、彼を守る盾ではないのに。
ゆっくりと目を見開けば、わたしの視界は黄緑色で埋め尽くされる。長い睫毛が私の眼球を掠め、同時に私の睫毛も彼の眼球を掠め傷をつける。
彼は普通の人だ、私のように痛みを感じない体ではないはず。きっと、今の一瞬で相当な激痛が走ったはずだ。
けれど、彼は瞬き一つせず私を見つめる。その黄緑色は、一瞬たりとも私の視界から消えたりしない。
「ねえ」
唇が触れそうな程の距離で吐き出されたのは、どちらの言葉か。私が発したのか彼が発したのか、最早分からないほど私たちの脳は熱を持ちクラクラと揺れている。
「ぼくのこと、刺して」
素良はゆっくりと言葉を形作る。刺すなんて、どうして。吐き出しかけた疑問の言葉は、私の口から溢れる前に口内に溶け込み消えてしまう。
くちゃ、という水音が、痛みも快感も感じない体に響く。キスをされたんだ、彼の舌が私の口内に入り込んだんだ。それを理解するまでに、どれ程の時間を要しただろう。
≫
back to top