text | ナノ
 ||| 海豚丸と桜


(捧げ物)

薄紅色の桜は血を吸ってその花を咲かせるの。
バディがその言葉を繰り返すたび、オイラは時期尚早だったかと少し思い悩むんだ。まあ、考えたところで結論は常に変わらず今のままの現状に甘えるけれど。
桜は血が主食なわけじゃない、血を吸わなくともその美しい花は咲くんだ。ただ、その色を鮮やかに染めるのが血なだけで。
オイラのバディは正直に言うと、物凄く頭が悪い。だから、何度オイラがその事を教えても直ぐに忘れて同じことを繰り返すんだ。薄紅色の桜は、血を吸って花を咲かせると。
壊れたカセットテープのように、同じ言葉を繰り返すバディは、正直に言えばオイラからみても奇妙なのには変わりなかった。まるで、糸を引いて操られるからくり人形のように面白みがない。
オイラのバディは頭が悪い、だから、オイラはあの子が知らない事を沢山教えて沢山愛するんだ。たとえそれを忘れられても、また教えればいい。教えれば、教えた時の反応を何度でも見られるから。オイラは、忘れられる事が好きじゃない。けど新しい事を知ったあの子の初々しい反応は大好きなんだ。だから、天秤に掛ければその二つは平等に釣り合ってしまう。
あの子は何処までも罪深かった。純粋すぎる白い真綿に、どす黒いオイラの感情を染み込ませても次の日には綺麗すぎる白へと戻る。最初こそは、ただ恐ろしかったよ。どんなに痛い気持ちを吐き出しても、ケロっとした顔で微笑んで朝の挨拶をするんだもん。けど次第にそれはオイラの中で"普通"になり、オイラはこの異常すぎる自覚のある感情を何度も何度もあの子にぶつけるようになった。
だって愛してるんだ、好きなんだ、どうすることも出来ないんだ。どうせ忘れてしまうなら、自由勝手にした方がいい。
そうしてオイラはあの子を傷付けるのを止めなくなった。自制心が何もかも消えてしまったんだ。
人間は血を流しすぎたら死ぬ、そんな簡単なことも頭から吹っ飛ぶくらいに、オイラはあの子に傷を植える。まるで桜のように散るあの子の血液を見て、オイラはやっぱり思うんだ。あの子のバディを組むのは、時期尚早だったかなって。
ショーガクセイのあの子はまだ身体ができてない。そして、外界から遮断されるようなこの白い部屋でずっとずっと眠ってる。だから時々思うんだ、あの子がオイラの手で永遠に眠ってしまったらどうしようって。
誰も会いに来ない、声をかけない。そんな孤独すぎるこの部屋で行われる行為は、誰かの目に留まる事なく次第にエスカレートしていった。
ああ、いけない。そんな思いもいつの間にか消え去って、オイラはこの行為を当然だと言い張って。あの子はいつだってオイラを受け入れて笑うんだ。夜に流す涙も忘れて毎日同じ笑みだけを浮かべ笑ってる。
「桜の花は綺麗だね」
その言葉にオイラは何も言えなくなる。毎晩繰り返される行為に感覚が麻痺したのだろう、桜の偽られた薄紅色を見るくらいなら、オマエの紅を見た方がずっと面白いよ。そんな言葉が喉元まで出かかって、オイラは必死で残酷すぎる言葉を飲み込んだ。
赤い花はこの場にない、今あるのは、窓から見えるあの優しい薄紅色だけだ。枝を広げ小さな花を開かせ、ふわりと散る花びらが風に舞い幻想的な姿を見せる。その姿を美しいと思えないのはオイラの感覚が麻痺しているだけ?
風に吹雪く桜の花が一枚、窓からふわりとオイラの元へとやってくる。その薄紅色を見てあの子は笑うんだ、綺麗だねって。けどその言葉を受け入れられる程、オイラは多分真っ当じゃない。
キスをするように花弁を口元に寄せれば、少しだけ冷たい感覚がオイラを襲う。あの子は、窓の外から視線を外そうともしない。
ああ、オイラのこと見てくれないんだ。そう思えば、手の内にあるこの桜が憎くて憎くて仕方がなくなる。
どうしようもないや、けど、好きなんだもん。自分で結論を出し、自分で感情を終わらせる。思ったことは直ぐに行動に移さなければ駄目だ。そう思い、オイラはゆっくりと笑みを浮かべた。
唇に吸い付く桜が邪魔で邪魔で仕方がない。その存在を唇で舐めとり、口内へと取り込めば、花特有のしっとりとした感覚が只々苛立ちを加速させる。
オイラの口内を侵食するその桜は、血を吸って色付いている癖に血の感覚など少しもないという何とも空虚な味がした。


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