||| ユーリ様と妹君
お兄様はいつだってご多忙なお方。だから、ナマエに会いにきて下さらない日の方がずっと多い。
ナマエはとっても重い病気だから、お外に出ちゃいけないんだってお兄様は言っていた。危ないから、倒れてしまったら危険だから。そう言われるたび、お兄様は悲しそうな表情をされる。
だからナマエはお兄様の言うことを破ったりはしない。お兄様の為、どんなに寂しくっても、ナマエはお外に出たりしないの。
窓の外から見える景色に、羨ましいと思う日も勿論ある。外の海の、潮風に吹かれてみたいと思う日だって何度もあった。けれど、お兄様のお願いだから。そう思って、わたしは自分の気持ちを何度も何度も抑えてきたの。
会いたい、お兄様に会いたい。ぎゅうと抱きしめられて、一緒に眠って、頭を撫でていただきたい。キスをして、安心させて、どうか、その先も、その向こうも。ナマエのことを、どうか、一番に愛していただきたいの。
そんなナマエは、わがままですか?お兄様に愛していただきたいと願うナマエは異常でしょうか。
何もないこの部屋で、ぼんやりと一人待ち続けるのは、ただ、さみしすぎるのです。
音のない部屋は、つまらない。お兄様のいない部屋に、色なんて何もないのです。
お兄様のいない世界なんて、壊れてしまえばいい。プロフェッサーの野望さえも砕けて、なにもかも壊れてしまえば、お兄様はナマエのもの。
そうすればお兄様に永遠に愛していただける。ナマエの命が尽きるまで、ずっとずっと。
いいの、異常でも。それで愛していただけるなら。ナマエは病気なんだもの、異常なのは当然です。お兄様に愛していただきたいと思ってしまう、最低な人間なのです。いえ、人間と呼んでしまうのは、人に対する冒涜でしょうか。
「お兄様、お兄様、ナマエは我儘ですか。お兄様に愛していただきたいと願うナマエは人ではないのですか」
同じ言葉を繰り返しても、答えが返ってくるわけではない。そんな事は、充分すぎるほど理解している。
会いたいです、お兄様。どうか、お帰りになられたら一番にナマエのことを抱きしめてください。キスをして、愛の言葉を囁いてください。お兄様がお望みならば、ナマエはどんな事だって喜んで引き受けましょう。
例えそれが、慰みの行為だとしてもナマエは幸福と受け止めて喜んで引き受けましょう。
ああ、お兄様、一言で構いません。その美しいお声をどうかお聞かせ願えませんか。どろりと溶けてしまいそうなほど優しいお声で、ナマエに愛を囁いてください。
お兄様、ああ、お兄様、お兄様――。
「――ナマエ、良い子にしていたかい?」
「おにい、さま」
脳が蕩けてしまうような美しい声に後ろを振り向けば、お兄様はわたしのすぐ側で薄く微笑んでいらっしゃいました。
驚きに慌てて立ち上がろうとするわたしの肩をそっと抑え、お兄様は背後からわたしを、まるで壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめるのです。ああ、背中越しに伝わるこの体温さえ愛おしい。
お兄様が、ナマエに会いに帰ってきてくださった。その事実だけで、ナマエは涙が出るほど嬉しいのです。
もっと力強く掻き抱いて、キスをして、愛して、そして、そして、ああいけない、これ以上の我儘は嫌われてしまう。
けれどどうしようもない程、ナマエはお兄様が愛おしくて仕方がないのです。こうして触れ合う一瞬に、お兄様に触れたこの肌が焼けてしまうのではないかと錯覚するほど熱く、愛おしく、苦しくて涙が溢れてしまう。
「おにいさま、お会いしたかったです、ああ、ああ……お兄様…」
「ああ、愛しいナマエ。僕も君に会いたかったよ」
「そんな言葉では足りません、お願いですお兄様、ナマエを、ナマエを」
「ナマエはせっかちだな。僕が何をしてきたのか、気になりはしないのかい?」
「外なんて知りません、ナマエにはお兄様以外必要ありません、だからどうか、ナマエを」
あいして、ください。
その言葉は、最後まで形になる事はなく、互いの口内へとじっとりと溶けて体内に飲み込まれてしまいました。
互いの重なる舌がどうしようもない程熱く、恐ろしい。けれど、止められる理性などもう何処にも存在しない。
愛してる、愛してる。ただその言葉だけが互いの唇を伝い、愛の形として透明に零れ落ちる。その光景こそが、まさに愛の象徴。
異常なのだとしても構いません、蔑まれても構いません。
たとえこの身が焼かれようと、裁かれようと、ナマエの孕んだこの狂気にも似た愛はどうする事も出来ないのです。
ああ、お兄様、愛しています。お兄様だけを、永遠に。
だからどうか、今だけは、誰も邪魔をしないで。わたし達の愛を、壊さないで。
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