||| クロノくんと矛盾する
「好きだけど嫌いなもの、なあんだ」
「知らねえよ、そんなの」
「意地悪だなあ、クロノくんは」
そう言って姉さんは笑った。俺はそんな日常が、大好きで大嫌いだった。
姉さんは昔から妙なことが好きで、妙なことが嫌いな妙な性格の持ち主だった。気まぐれ、適当、そんな言葉が当てはまる。
不思議ちゃん、頭がおかしい、周りの人間はそうやって姉さんを罵る。けど、姉さんはいつだって笑って言った。
「好きだけど嫌いなもの、何だと思う?」
繰り返されるその言葉が大嫌いで、大好きで、
俺は気付けば姉さんのように矛盾した言葉を吐くようになっていた。
俺と同じ色の目が、少し焦げた色の髪が、好きで好きで仕方がなくて。
けど、その口から零れる理解できない言葉の数々はどうも好きになれなくて。
「好きだけど、嫌いなもの」
「嫌いだけど、嫌いになれないもの」
「大好きだけど、好きになっちゃいけないもの」
少しづつ広がる、姉さんの矛盾した言葉に俺はただ頭を抱える。
何が言いたいんだ、そう思って必死に頭を動かしても、何か、答えが見つかるわけでは無くて。
答えが知りたい、気になって仕方がない。けど、姉さんに答えを聞くのもなんとなく嫌で。
ほら矛盾してるだろ。全部全部、姉さんのせいなんだ。ずるい人のせいなんだ。
嘘吐きの姉さんは俺を見てくすくす笑う。まるで、俺を馬鹿にしているかのような音を奏でて。
俺は姉さんが好きだ、大好きだ。けれど、嫌いで嫌いで、大嫌いで仕方がない。
姉さんだってきっとそうだ。俺のことが嫌いで好きで、矛盾した気持ちを持ってる。
――なんだ、俺たち似た者同士じゃないか。
そういって俺は笑う。ただ笑う。けど何故か酷く虚しくて、苦しくて、悲しくて仕方がない。それなのに、笑いは何故か止まらなくて。
ああ、また、矛盾してる。
笑いって、楽しいときに出る物なんだろ。悲しいときって、笑わないものなんだろ。
姉さんは昔言った、嬉しいときや楽しいときだけ、沢山笑えって。
だから今、俺は笑ってるんだ。姉さんとお揃いで嬉しいから笑ってるんだ。
それなのに、なんで。
「クロノくん」
「ねえ、さん」
「なぞなぞ、出してあげるね」
「……聞きたくねえ」
――やめてくれ。
「好きだけど嫌いなもの」
「愛したいけど愛しちゃいけないもの」
「愛はあるけど、愛し合っちゃいけないもの」
――ききたく、
「なあん、だ」
「姉さん、何で」
「なんでだろうね」
綺麗すぎる笑顔で姉さんは笑う。
なんでそんな、笑ってられるんだよ。やめろ、やめろよ、そうやって俺に嘘を教えるのを、やめてくれよ。
こんな思いするなら、いや、こんなに傷付くくらいなら、俺は。
「クロノくんに出会えてよかった」
ねえ、さ。
「こんな綺麗な顔するんだもの。最期にいいものが見れたわ」
何言って。
「じゃあね、クロノくん。これから沢山、わたしの事で傷ついてね」
「次に会うときは、他人で会いましょう」
「待って、ねえさ――――!」
・
――目が覚めると、俺の視界に収まったのはいつもの天井で。
まさかの夢落ちだなんて、そんな。
「……馬鹿みてえ」
盛大なため息とともに、俺はベッドから起き上がる。
それにしても今日の夢は一体何だったんだ。俺の姉さんは、施設に行くより前に、もう――。
次に会うときは他人、なんて言ったって、その時にはもう、姉さんの事なんて。
「どうせアンタも、俺の事忘れるくせに」
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